「本当に私でいいんでしょうか？」。受賞の知らせに、思わずそう答えた。小説執筆から離れて５年間、紫式部の大きな世界に挑み、疾走感あふれる訳文を生み出した。源氏物語にはこれまで、与謝野晶子や谷崎潤一郎ら多くの文学者が魅了され、現代語に訳してきた。自身は「池澤夏樹＝個人編集 日本文学全集」（河出書房新社）の企画の一つとして依頼されたが、先人とは異なり「特別な思い入れはなかった」。しかし、だからこそ訳せるものがあるはず。依頼を受けてから、様々な人の訳文を読み、「読みやすさ」に主眼を置くことを決めた。女性たちと浮名を流し、好き勝手に生きていった光源氏のイメージも訳していくうちに変化していったという。「序盤は人間として描かれておらず、女性の運命を左右する象徴だった。それが老いていくにしたがって、人間らしくなっていった」
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