明治の終わりから昭和の初めにかけて、神奈川県西部の現在の二宮町と秦野市を結ぶ小さな鉄道が走っていた。すでに廃線から80年以上が経過し、鉄道の遺構はほとんど残っていないものの、地元では今なお「けいべん」と呼ばれ愛されている。
1887年、東海道線が国府津まで延伸され、1902年には二宮駅が開設された。当時、二宮の後背地である秦野は、県西北部の生産物の集積地として繁栄し、江戸時代以来の葉タバコの名産地として知られていた。葉タバコとは、キセルで吸う「刻みたばこ」の原料である。秦野の耕作地は江戸時代の宝永年間の富士山大噴火によって火山灰を被ったために、やせた土地になり、これに適した作物として葉タバコが盛んに栽培されるようになったのだ。 馬車や荷車では、こうした秦野の物産品を運搬する能力に限界があり、輸送路も、秦野から二宮(約8km)よりも距離の長い、秦野から東海道線平塚駅(約14km)への道が主に使われていた。そこで、地元の有志が中心となり、秦野から二宮駅までを結ぶ馬車鉄道が敷設された。
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