エジプトなど大昔の絵はどれも不動で様式化され、よく似ている。それが変わったのは古代ギリシャからだ。「いまここのこの瞬間」を捉えるようになった。そうして「いまここにこのようにしてあるわたし」という自己意識が生まれた。その自己と時間の意識を再生拡大したのがルネサンスの絵画だが、そこにあったのは動きへの欲望で、その欲望を実現したのが、いまのアニメーションなのだ。
それでは宮崎アニメが特別なのはなぜか。登場人物が空を飛ぶからだ。飛ぶことは高いところから見ることだ。遠近法を作りだしたこの欲望を宮崎アニメは体現している。そうして地平線を発見する。地平線の発見、いや発明は人間を動物と区別し、人間たらしめた。なぜなら、地平線は自分はどこにいて、何者なのかという問いを誘うからだ。地平線によって人間は内面世界を手に入れたのだ…。 こうして著者は地平線という魔法の切り札を駆使して、宮崎アニメの魅力を縦横に解明する。「天空の城ラピュタ」では恋愛のテーマ、「ハウルの動く城」では母のテーマを手がかりに、アクロバットのように華麗な分析をくり出すが、その根底には、地平線という主題が厳然とありつづける。
しかも話は、哲学、文明論、映画、音楽、能、俳句にまで広がってとどまることを知らない。読み終えたいま、もっと勉強しなくては、という知的好奇心の切迫した衝動に突き動かされている。そんな誘惑的な力にも満ちた本だ。昭和38年から49年の主な東映やくざ映画を一挙に解説してくれる。みんな似たような話のはずだが、山根貞男のツボを押さえた文章を読むと、どれも珠玉の名作に思われてくるから不思議だ。知らない映画ならなおさらだが、見た映画でも、ええ? そうだったのか! と、もう一度見たくなること必至である。封切り全作品リストもありがたい。
でも一代限りになったという点では、ジョルジュ・スーラと同じなんだよな。
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