名古屋から全国へ、そしてアジア、世界へと展開できればと考えております。1980年、25歳の私は松竹の映画宣伝部から念願の映画製作本部へ異動。当然、実写映画の製作に携わるものだと思っていた私に、本部長は「『機動戦士ガンダム』というアニメ映画を松竹で配給することになった。もっとも若い君が担当してください」と言ったのです。私は、『機動戦士ガンダム』のおかげ(?)で映画宣伝部へ逆戻りすることになりました。
それから7年、私は『機動戦士ガンダム』三部作、『伝説巨神イデオン 接触篇/発動篇』、『クラッシャージョウ』さらには『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』まで、主に日本サンライズ作品の宣伝を担当。その間、他社でもいくつもの名作アニメが誕生していきました。一部のアニメではCGが取り入れられるようになっていましたが、主体は手描き。1980年代は、アニメーションの「手描き」技術が究極にまで発展をとげた時代だったと言えるのではないでしょうか。 そんな手描きを主とした1980年代の名作アニメ映画を集め、数十年の時を超えてなおスクリーンからほとばしるクリエイターたちの猛烈なエネルギーを映画館で体感して欲しい。日本の真ん中にある名古屋でアニメ映画祭を開催したい。そうした思いで企画した「どまんなかアニメ映画祭」、ついに開幕です。
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