藤井聡太王将(21)=竜王、名人、王位、叡王、棋王、棋聖含む7冠=が永瀬拓矢王座(31)に挑む第71期王座戦5番勝負第3局(日本経済新聞社主催)は27日、名古屋市の名古屋マリオットアソシアホテルで指され、先手の藤井が81手で勝利した。対戦成績を2勝1敗とし、史上初の全8冠独占へ王手をかけた。一方、連続5期獲得による名誉王座が懸かる永瀬はカド番へ追い込まれた。第4局は10月11日、京都市のウェスティン都ホテル京都で指される。
正直な人なのだろう。口調は穏やかで、勝利の興奮や喜びが言葉からのぞくことはない。藤井はそれでも言った。「終盤は負けの形でした」。自身に続く永瀬の終局後インタビュー中は、精根尽きたようにうなだれ、耳を赤く染めていた。歩で王手をさえぎればよかったが最も価値の高い手駒、飛車を投入してしまった。棋風を表すように、より「手堅く」の意図だったのか。その瞬間、大盤解説会に出演する棋士らが集う控室に「大事件だ」の叫びが漏れた。日本将棋連盟が運営する棋譜中継のAI評価値は藤井の10%から59%へ急回復した。長く続く劣勢を、失着なしで耐え忍んだ果実でもあった。 藤井にとって先手番でのタイトル戦連勝が9でストップした第1局は、将棋史上最も有名な事件の一つ「陣屋事件」の舞台、神奈川県秦野市「元湯陣屋」が対局場だったことから「令和の陣屋事件」と呼ばれた。そんなインパクトを凌駕(りょうが)した第3局。1手がもたらした終盤の逆転劇は1973年、阪神があとアウト1つで勝利というところで落球し、結果として巨人にV9を許した形になった「世紀の落球」を見るようでもあった。「端歩の位を取って雁木という組み合わせは考えたことがなく、どう構想を立てるのか難しいと考えていた」と藤井。永瀬が雁木を採用したのは、過去684局のうち3局のみ。天王山へ繰り出した、用意の秘策だった。「結果は幸いしたが、序盤から押されてしまって苦しい将棋だった。8冠は意識せず、集中して指せればと思っています」。全8冠独占が懸かる第4局は2週間後。その間には竜王戦第1局(10月6、7日、東京・セルリアンタワー能楽堂)がある。21歳は、宿命と向き合い続ける。
▽世紀の落球 巨人が「V9」を達成した1973年8月5日に行われた阪神―巨人の伝統の一戦で、阪神の中堅手・池田純一が勝利まであと1人のところで落球をし、逆転負けを喫した。このシーズンの阪神は巨人に肉薄し、巨人とのシーズン最終戦で「勝った方が優勝」の状況までもつれこむも、敗れて優勝を逸した。あと1勝に泣いたシーズンの終了後に池田の落球が蒸し返されてしまい「世紀の落球」と呼ばれるようになった。
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