人生ン十年、振り返れば油揚げと苦楽をともにしてきた。いや、本当です。家族の誕生日、遠足、運動会。母や祖母は、機会を見つけてはおいなりさんをこしらえた。遠足のときはおいなりさん、おむすび、サンドウィッチの三択だったが、おいなりさんの場合は、小鍋で油揚げを煮染める匂いが台所に漂うから、すぐわかる。白ごまと薄い酢バス入り。なかよしの子と一個だけ交換したりした。運動会の徒競走で転んでドン尻、すりむいた赤い膝小僧をかばいながら、みじめな気持ちでお昼に食べたおいなりさんの味も、しみじみなつかしい。甘辛く煮含めた油揚げがいろんな感情を吸い込んでくれていた。
そして今では、油揚げがあるだけで最強の気持ちになれるオトナになりました。冷蔵庫のなかが寂しくても、油揚げさえ焼けば立派な一品になる。醤油を数滴垂らすだけでいいし、生姜醤油ならもっとよし。ざっくり切って味噌汁、細切りにして炊き込みごはん、三角に切って煮物、短冊切りにしてスープ……矢でも鉄砲でも持って来なさい。何でもない料理でも、油揚げがそこにあるだけでふくよかな余韻が生まれる。 とりわけ登場回数の多い一品が、ブルーチーズ入り油揚げだ。半分に切ってそろそろと指を入れて開いた内側に、ブルーチーズを多めに詰めて楊枝で口を閉じ、フライパンでこんがり焼く。片面をきつね色に焼き、裏返した片面が焼き上がる頃には中身がとろんと溶け、香ばしさがたまらない。
冷えた白ワインといっしょにどうぞ。もちろんビールにも日本酒にも合うのだが、えへん!と自慢したくなるのは、白ワインにもさりげなく寄り添う油揚げが誇らしいから。そもそもブルーチーズを詰めようと思いついたのは、余ったチーズの処遇に困ったからだったが、そんな事情も飲み込みつつ、自分の土俵に引きずり込む油揚げは本当にエライ。エッセイスト。食や生活文化を中心に、のびのびとした親しみやすい文体で執筆する。『おとなの味』、『忙しい日でも、おなかは空く。』、『野蛮な読書』など著書多数。近著は『肉まんを新大阪で』。
おいしそうです!!😆✨
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