では、そのワークショップの土台となっている考え方や神経系のマネジメントについてお伝えしました。けれども、おそらく読者のみなさんが知りたいと思っているのは、「ワークショップ参加者が具体的にどうTransform(変容)したのか?」ということではないでしょうか。
Aさんにとって、取るべき行動は常に「fight(戦う)」か「flight(逃げる)」しかなかったのだと思います。そのような状況において、サムライのように律儀なAさんにとっては逃げるという選択肢などありえませんでしたから、実質はファイト一択だったのでしょう。これはレッドゾーンの典型的な反応です。このようにファイトがデフォルトだったAさんは、無自覚のうちに自分のチームメンバーとファイトすることもしょっちゅうでした。新しいアイデアについて部下から相談を持ちかけられても、Aさんは「それはダメだ」と直ちに却下してしまうことが多かったといいます。新しいアイデアを思いついた人には、その人なりの背景や、ストーリーがあったはずです。けれども、Aさんはそれらには目を向けずに、部下の提案をバッサリ切り捨てていました。イノベーションを生む仕事をしているはずなのに、新しいアイデアを殺してしまっていたのですね。
Aさんの場合、自分のがんばりが結果を生んでいないことに気づき始めたのがひとつの転機だったようです。スキルを上げるために努力は必要だけど、疲弊しきった状態ではいくら努力をしても結果が出にくい、と気づいたAさんの更なる転機は生け花でした。変化は、ちょっとずつやってきます。自分を発見するプロセスは点ではなく線のような連続性から成り立っており、一瞬のまばゆい閃光ではなく、光の連続性から徐々に照らし出されていくものです。おもしろいことに、生け花は「こういうかたちにしたい」と自分が意図をもってつくり出すものではなく、花そのものがもっとも活きるように生けてあげなければなりません。そのためには、時に慣れ親しんだパターンを放棄し、新しい視点を取り入れなければならない場合があります。
そんな想定外の状況下においても、ひとつの作品を作り上げなければならないところがミソ。感性が磨かれると同時に、自分のリーダーシップやマネジメントのスタイルやパターンを知るきっかけにもなる、非常に興味深い体験です。ですから我々の間では生け花のことを「魔法のツール」と呼んでいますし、欧米のビジネススクールの授業の一環としてカリキュラムに取り入れられています。その生け花を通じて、Aさんは初めて自分が今までレッドゾーンにいたことに気づきました。いつも前へ、前へと進みたいばかりに戦っていたこと、まわりの人たちの言うことに耳を貸さないという自分のパターンにも気づかされたそうです。
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