先生が残してくれた音 | NHKニュース

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「いつの日か、また会おう」 昭和20年3月、沖縄の学校の卒業式で歌うはずだった1つの曲があります。それは音楽の先生が教え子に贈ったもの。しかし戦争で歌うことはなかったのです。その曲が先生の母校で初めて歌われました。 あちこちのすずさん NHKモバイル動画

そして「再び会おう」と誓う未来への希望をつづった歌詞を、優しいメロディーに乗せています。毎年6月に開かれる「ひめゆり学徒隊」の慰霊祭で必ず歌われるほか、学徒隊の悲劇を伝える「ひめゆり平和祈念資料館」の展示室でも流されています。「学徒隊」の女学生たちが通っていた沖縄師範学校女子部の音楽の先生でした。「別れの曲」は昭和20年3月の卒業式で歌おうと、東風平先生が教え子たちに贈ったものでした。歌えなかった“私たちの歌”周囲に艦砲弾が落ちる状況の中、卒業証書の授与すらなく、歌ったのは軍歌の「海ゆかば」。“私たちの歌”と練習を重ねて来た大切な曲を歌うことも、かないませんでした。母校で「別れの曲」を戦争で犠牲になった学生にまつわる音楽について研究している橋本さん、慰霊碑に刻まれた東風平先生の名前を探しに来たのです。みずからも東京藝術大学の卒業生の橋本さんは、戦後75年のことし、母校で「別れの曲」について伝えたいと考えていました。「卒業式の機会に教え子に曲をつくるというのは精いっぱいの愛情をかけた特別なプレゼントだったと思います。それが戦争で歌えなくなってしまった。そんな『別れの曲』や東風平先生につい

そして「再び会おう」と誓う未来への希望をつづった歌詞を、優しいメロディーに乗せています。毎年6月に開かれる「ひめゆり学徒隊」の慰霊祭で必ず歌われるほか、学徒隊の悲劇を伝える「ひめゆり平和祈念資料館」の展示室でも流されています。「学徒隊」の女学生たちが通っていた沖縄師範学校女子部の音楽の先生でした。「別れの曲」は昭和20年3月の卒業式で歌おうと、東風平先生が教え子たちに贈ったものでした。歌えなかった“私たちの歌”周囲に艦砲弾が落ちる状況の中、卒業証書の授与すらなく、歌ったのは軍歌の「海ゆかば」。“私たちの歌”と練習を重ねて来た大切な曲を歌うことも、かないませんでした。母校で「別れの曲」を戦争で犠牲になった学生にまつわる音楽について研究している橋本さん、慰霊碑に刻まれた東風平先生の名前を探しに来たのです。みずからも東京藝術大学の卒業生の橋本さんは、戦後75年のことし、母校で「別れの曲」について伝えたいと考えていました。「卒業式の機会に教え子に曲をつくるというのは精いっぱいの愛情をかけた特別なプレゼントだったと思います。それが戦争で歌えなくなってしまった。そんな『別れの曲』や東風平先生について、知ってもらうことができればと思います」「ひめゆりの塔」を訪ねた2日後、同じ大学の出身で沖縄戦を題材にした舞台を手がけて来た演出家の冨士川正美さんとともに、沖縄県内のある家へと向かいました。

 

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