04年5月30日、第71回ダービー。直線を向くと、キングカメハメハはあっという間に外から先頭に立った。「ああ、アンカツさん、自分の競馬ができている。これは勝ったかもしれない」。スタンドで レース を見ながら、そう確信できた。騎手とのやりとりだった。日が高く昇り、控室にはアンカツさんだけが残っていた。チャンスだと直感し、余計な言葉を抜きにして、こう直撃した。
「アンカツさん、キングカメハメハならダービーも勝ちますね」。安藤は最高の笑顔を返して、こう言った。「ああ、勝てるね。キングカメハメハなら勝てる」。あまりに力強い言葉に、こちらが戸惑った。騎手の夢であるダービーを前に、ここまで自信を隠さなかった関係者を自分は知らなかった。気温32度。灼熱の中でのダービーとなった。マイネルマクロスが飛ばして1000メートル通過は57秒6。大一番は消耗戦の様相を呈していた。こういう展開は真っ向勝負がふさわしい。小細工せずねじ伏せる。それがアンカツ流だ。だからこそ、直線を向いて早々と先頭に立った。「勝って当然と思っていたからね。厳しい流れだから必死で追ったよ」。安藤には珍しく、顔がほてっていた。
記者の前では常に笑顔のアンカツだが、実は懸命に緊張と戦っていた。自宅で、ゆかり夫人が「ダービー、勝てるといいね」と話しかけた。いつもなら笑みを返してくるはずが「あまり言われると硬くなるから、やめておけ」と声を硬くした。 夫人はダービーについて話すことをやめ、主人に黙ってゲンかつぎをした。左手薬指には「カメハメハ」を意識して亀が装飾された指輪をつけ、左手中指の爪には「キング」よろしく王冠のネイルを施した。家族は無言で後押しした。 祭りは終わった。記者があらかた引き揚げた後、そっとアンカツに聞いた。「未勝利戦のように乗れました?」「乗れたよ。ダービーであっても、1番人気であっても、平常心で乗れた。自分でも驚いた」。当時44歳。「勝己」という名前を地で行くように、己に勝って、安藤は地方競馬出身の騎手として初めてダービージョッキーとなった。
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