その模様を語る前に、まずはNSX タイプSはどのように進化したかをじっくりと見ていくことにしよう。ドライバーとクルマとの一体感や操る喜びを第一に考えたというコンセプトで仕立てられたこのクルマは、システム最高出力を581PSから610PSへとアップ、同時にシステム最大トルクは646Nmから667Nmへと引き上げられている。あえて「システム」という言葉をつけるのは、エンジン出力もモーター出力も見直しているからだ。
こうした出力アップに対応するかのように、デザインも改められた。フロントのセンター開口を拡大したほか、サイドラジエターやリアインタークーラーへの冷却をも見直している。それと同時に突き出したフロントリップスポイラーを採用することでセンター開口下のリップ位置を上げ、床下流量を増やしCLfを向上。リアディフューザーは従来よりもRを拡大した形状とすると同時に、フィンの方向なども見直すことで、挙動変化に対しダウンフォースの変化を抑制したという。 タイプSではグリップ性能の高い専用タイヤとなるピレリ「P ZERO」を採用するとともに、新デザインの専用鍛造アルミホイールによるワイドトレッド化(フロント10mm増/リア20mm増)が図られ、サーキット走行時の限界性能とコントロール性をさらに高めた
その時の模様を開発トップの水上聡氏はこう振り返る。「2017年モデルの改良版を作るということで開発を引き継いだのですが、当時は頭を悩ませましたね。開発プロトには関わっていましたが、アメリカに開発移管をした後にインパクト重視になっていました。特徴的なSH-AWDの存在をとにかく誇示したかったんでしょうね。そこを私が好きになれるようなドライバーとクルマとが一体感を得られるようなものにしようと2017年から開発を行ないました。それが2019モデルだったんです」。 スポーツ+モードを選択して走れば、エンジンの応答性はリニアさが際立つフィーリングへとイッキに昇華する。モーターアシストを加えることでエンジンの苦手なところを見事にカバーしながら、一方で高回転へ向けた吹け上がりにも電気の力が役立っている感覚が伝わる。右足の要求に対していつでも即座に吹け上がるようにセッティングされた新たなるパワーユニットは、まるでレーシングユニット。いや、それ以上といっても過言じゃない。どの回転域にいてもどの速度域でも一瞬で目覚めてくれるところがハイブリッドらしさだと感じる。エンジントルクがないところはモーターがアシストする量が豊かであり、基準車に対して低回転のピックアップを助けているように感じる。
SH-AWDを誇示するのではなく、人間に寄り添ったチューニングを行なったことは大英断だったと思うが、最後の最後で最適解を見つけ出せたように思えてくる。そこにはもちろん、シャシーの煮詰めが必要だっただろうし、巨大なグリップを生み出す専用タイヤもひと役買っている。制御だけでも、シャシーだけでも、空力だけでもなく、トータルバランスで最良の世界を手にしたことが確実に伝わってくる仕上がりだった。