精神科医の高橋和巳が著書『人は変われる』(ちくま文庫)で診療でときどき立ち会う<不思議な現象>を記している。<人が過去の自分自身を乗りこえて新しい自分に変わっていく現象>で、それは突然起こる。そして<きっかけは、ほんの数個の言葉である>。
ならば、阪神の選手たちは一夜にして変わったのかもしれない。前夜、それまで「アレ」と言っていた言葉が「優勝」に変わった。禁句だった「優勝」を口にする度に、自分たちは優勝メンバーなのだという自覚や誇りが膨らんでいった。監督・岡田彰布は広島に移動し、球場での練習を眺めながら「それにしても」と感心していた。「昔と違って二日酔いの選手なんておらんよ。普通にやっとる」優勝明けでも「普通」でいる選手たちは頼もしくもあった。だから岡田も普通に采配をふるった。2、6、8回表の無死一塁では9番打者にバントで送らせた。中軸を中心に11長短打を放った。1点を追う9回表1死一、三塁では一塁走者・大山悠輔を走らせた。二塁で憤死したが、これはクライマックスシリーズ(CS)に向けたテストだった。岡田は「(捕手が)どこに放るかなと試してみた。二塁に放ったな。これは大収穫」と話した。相手に伝わるこの話もまた虚実の駆け引きかもしれない。すでに経験があった首位打者、本塁打王は<最高殊勲選手になったこの喜びにくらべれば、月の前の星の様なもの>。そして<選手にとって最大にして唯一の目的は、自分のチームの優勝といふことにある>。
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