昨年夏に起こった西日本豪雨では、大阪府内の各消防から派遣された緊急消防援助隊が大きな役割を果たした。同豪雨で広島県に派遣されるなど、救助隊員として長年活動してきた大阪市消防局の田中智也さん(45)は、今年4月から“畑違い”の広報担当係長として活躍している。
この日は、産経新聞のインターンシップ生に向けて講演。田中さんは、昨年7月に起こった西日本豪雨の際には同消防局の本部特別高度救助隊長として広島市に派遣されて救助活動にあたっており、その活動について話した。救助したが、すでに亡くなっていた人についても「消防士は、生存者だけを助けるのではないと考えて、できるだけきれいな状態で(家族のもとへ)届けることも任務だ」とも感じたという。 災害現場では、消防は“最後の砦”だが、隊を組んで救出に向かったほかの隊員は「足が震えた。死ぬかと思った」とも語ったという。救助活動には「人の気持ちとマンパワーがすごく大事だが、その半面、思いだけでは救えない、しっかり技術を持っていなければならない」とも話した。
幼い兄弟が発見された際に、兄が弟をかばうような状態だった話を紹介し、「家族の愛を感じた。現在、何もないことがいかに幸せであるか、改めて実感した」と話した田中さんは、参加した学生に向けて「被害を少しでも減らすためには、災害についての知識をつけ、家族会議やシミュレーションを行ってほしい」と話した。現在は大阪市消防局の広報担当をすることで、自身の経験した悲惨な状況や教訓を1人でも多くの人に伝えようとしている。最後に田中さんは「被災者の気持ちに寄り添うことで、つらいことがあっても乗り越えられる。健康に生きていることを幸せに思ってほしい」と話した。
別に消防士が諦めなくても、死ぬときは死ぬ。 日常の訓練以上に力は出ないからありったけの力で頑張り、結果を迎えて欲しい。