アール・デコの館が今ここにあるのは、朝香宮鳩彦王が留学先のパリで交通事故に遭い、看病のために允子妃が渡仏されたことから始まります。夫妻が滞在中の1925年、パリで通称アール・デコ博覧会が開催されました。ここでアール・デコに魅せられた朝香宮ご夫妻は、帰国後新築予定の自邸にアール・デコ様式を取り入れました。主となる室内設計を、博覧会でも多くのパビリオンを手掛けるなど活躍していた装飾美術家アンリ・ラパンに依頼し、日本側では宮内省内匠寮の権藤要吉をはじめ、最先端の技術を持つ職人・技術者が担当して宮邸建設に総力をあげて取り組みました。この建築には允子妃が熱心に取り組まれたと伝わっています。1933年5月に完成した朝香宮邸ですが、允子妃は約半年を過ごされた後に逝去されました。写真のペンギンはご夫妻がフランスから帰国の折に持ち帰られたロイヤル・コペンハーゲンの陶器です。允子妃がパリで過ごした日々が楽しいものであったことをペンギンの姿が教えてくれているようですね。大広間、小客室、次室(つぎのま)、大客室、大食堂、殿下書斎および居間の7室の装飾をアンリ・ラパンが手掛けました。いずれの部屋にも共通するのが
アール・デコの館が今ここにあるのは、朝香宮鳩彦王が留学先のパリで交通事故に遭い、看病のために允子妃が渡仏されたことから始まります。夫妻が滞在中の1925年、パリで通称アール・デコ博覧会が開催されました。ここでアール・デコに魅せられた朝香宮ご夫妻は、帰国後新築予定の自邸にアール・デコ様式を取り入れました。主となる室内設計を、博覧会でも多くのパビリオンを手掛けるなど活躍していた装飾美術家アンリ・ラパンに依頼し、日本側では宮内省内匠寮の権藤要吉をはじめ、最先端の技術を持つ職人・技術者が担当して宮邸建設に総力をあげて取り組みました。この建築には允子妃が熱心に取り組まれたと伝わっています。1933年5月に完成した朝香宮邸ですが、允子妃は約半年を過ごされた後に逝去されました。写真のペンギンはご夫妻がフランスから帰国の折に持ち帰られたロイヤル・コペンハーゲンの陶器です。允子妃がパリで過ごした日々が楽しいものであったことをペンギンの姿が教えてくれているようですね。大広間、小客室、次室(つぎのま)、大客室、大食堂、殿下書斎および居間の7室の装飾をアンリ・ラパンが手掛けました。いずれの部屋にも共通するのが居心地の良さです。特に小客室は、画家でもあったラパンの手により森を描いた壁紙が特徴的です。淡いグリーン地に濃いグリーンで樹木を描き、シルバーで水を表わしているのですが、室内にいながらにして森を感じられます。よくみると扉の上に「H・RAPIN」のサインがありますので、ぜひご覧になって下さいね。ラパンの7室のうち、この小客室をはじめ、大広間・大客室・書斎の内装は、公共施設や邸宅建築に評価の高い内外木材工藝株式会社が担当しました。フランスから送られてきた壁や装飾は代わりがきくものではありませんから、日本の職人は高い技術力を求められたことがうかがえますね。「人と素材」に焦点をあてた今回の展示では、今まで多く語られてこなかった施工会社や技術についての説明も展示してありますので、こちらも建築に興味のある方には参考になるのではないでしょうか。今回の見どころとして「約90年前の最先端かつ一級品」というように、この邸宅のどこをとってもその当時の最先端技術がつまっていることがあげられます。壁紙や床材、家具調度、ラジエーターカバーなどなど…直線的幾何学模様が特徴のアール・デコ(フランス)と市松模様や青海波などの伝統的文様(日本)、この二つの要素が繊細な手仕事で仕上げられているからこその美しさと言えるでしょう。しかし、竣工当時とは変わってしまった部分も少なからずあります。その中で今回、妃殿下居間の家具一式が調査に基づいて丁寧に修復を行い、当時の姿を取り戻し展示されていますので、じっくりと鑑賞したいですね。8月30日(金)はこの夏最後のサマーナイトミュージアム(夜間開館)です。虫の音を聞きながら往時に思いを馳せてみてはいかがでしょうか?
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