鉄血宰相「ビスマルク」が演出した戦争と平和 | 特集

2022/05/15 2:02:00

【鉄血宰相「ビスマルク」が演出した戦争と平和】 ドイツ統一を実現させた「血と鉄」の物語 #東洋経済オンライン

【鉄血宰相「ビスマルク」が演出した戦争と平和】 ドイツ統一を実現させた「血と鉄」の物語 東洋経済オンライン

19世紀、ドイツを統一に導いたビスマルク。「鉄血宰相」といわれるが、はじめから「鉄血」を志向していわたけではない。むしろ「超リアリスト」が本当の姿だった。

オットー・フォン・ビスマルク(1815-1898)ドイツ帝国宰相「鉄血宰相」。1871年にドイツ統一を実現。東方問題、アフリカ分割などで巧みな外交を展開した(写真:akg-images/アフロ) 「現下の大問題が決せられるのは演説や多数決によってではなく〔中略〕鉄と血によってである」。1862年9月末にこのように演説して世間を騒がせ、後に「鉄血宰相」と呼ばれるようになったのが、プロイセン首相ビスマルクである。 彼はその後、この演説を地で行くかのように3度の戦争を主導して当時政治的に分裂していたドイツを統一、1871年1月にドイツ帝国を創建した。 ユンカーの家系に生まれたビスマルクはプロイセンの君主主義を擁護する超保守的な政治家であり、ドイツ統一ではなく、プロイセンの国益を維持・拡大することを目指していた。ただし、そのためにはイデオロギーや原理原則ではなく、ただ自国の利害に対する冷静な評価によって現実主義的に決定されるべきであり、国益に合致していれば革命勢力やナショナリズム勢力とも手を結ぶことをいとわなかった。「現実政治家(レアルポリティーカー)」と評されるゆえんである。 3度の戦争に至った背景 首相に任命されたのもドイツ統一のためではなく、軍制改革をめぐって国王・政府と議会との対立が深刻化し、国王退位まで取り沙汰されるほどの危機的状況を打開するためであった。先述の「鉄血演説」も本来はそのためのものだったが、その表現のゆえに逆効果となった。 それではなぜ、ビスマルクはドイツ統一に乗り出し、3度の戦争に至ったのか。.「ゲームを作り、出したら終わり」とは考えていなくて、設計段階からとにかく長く遊べることを念頭に置いている。パズドラも10年、20年続くように考えていた。もちろん細かいアップデートは随時していくが、そういう設計の思想で作っていかないと、自分たちも息切れしてしまう。 長く楽しんでもらえるようなネタは豊富にもっている。例えば、パズルの消し方とか、プレーヤーの進行速度に応じて要素を追加していくというのを前もってアイデアとして持っている。 これがもし長期的なゲームの設計がなかったら、すべてを出し切って終わってしまう。ただ実践することが一番難しい。パズドラ10周年が目立っているが、(オンラインRPGの)『ラグナロクオンライン』は20周年。長年続けていける経験・ノウハウを持っているし、運用体力があると思う。 ――最近は家庭用ゲーム顔負けの開発費をかけたスマホゲームも登場しています。 ゲームの(流行の)サイクルは何回も繰り返されている。1人でも遊べるカジュアルなゲームが流行りつつも、今度はがっつり遊べるゲームが流行って、その後またカジュアルなゲーム、と。そう考えると、必ずしも今後こういった(カジュアルな)ゲームが出てこないかといえば、そうじゃないと思う。 この記事は会員限定です。登録すると続きをお読み頂けます。.ナポレオン3世(1808-1873)フランス皇帝「フランス最後の君主」。初代ナポレオンのおい。「愚帝」の評価は否定されており、19世紀フランス繁栄の立役者として見直されている(写真:Universal Images Group/アフロ) フランス皇帝ナポレオン3世(ルイ=ナポレオン・ボナパルト)は、毀誉褒貶(ほうへん)の激しい君主の1人である。とりわけ同時代の作家、ヴィクトル・ユゴーによる辛辣な批評は大きな影響を与え、ナポレオン3世は能力のない陰謀家との評価が定着した。 しかし時とともに状況は変化し、政治家としての資質や政策が再評価の対象になり、その帝政を肯定的に解釈する傾向が強くなっていった。当時の経済成長は「フランス資本主義の黄金時代」と称されるようになり、それを支えた制度や政策が着目されるようになった。この研究潮流はとくに第2次世界大戦後に強くなった。 ルイ=ナポレオンは、大ナポレオンの帝国が崩壊すると、母親に連れられスイスへ亡命し、そこで多感な青年時代を過ごした。 1830年に母国で7月革命が勃発したのを機に政治活動を本格化。ナポレオン戦争後の欧州での秩序を支えていた、英国、オーストリア、プロイセン、ロシアなどの大国中心主義に立つウィーン体制(のちにブルボン復古王政下のフランスも加盟)を一貫して批判した。 この立場から、ドイツ、イタリア、ポーランドなどにおけるナショナリズム(国民主義)運動に共感を寄せ、イタリア統一運動(リソルジメント)にも参加した。 3世に込められた意味.ナポレオン3世(1808-1873)フランス皇帝「フランス最後の君主」。初代ナポレオンのおい。「愚帝」の評価は否定されており、19世紀フランス繁栄の立役者として見直されている(写真:Universal Images Group/アフロ) フランス皇帝ナポレオン3世(ルイ=ナポレオン・ボナパルト)は、毀誉褒貶(ほうへん)の激しい君主の1人である。とりわけ同時代の作家、ヴィクトル・ユゴーによる辛辣な批評は大きな影響を与え、ナポレオン3世は能力のない陰謀家との評価が定着した。 しかし時とともに状況は変化し、政治家としての資質や政策が再評価の対象になり、その帝政を肯定的に解釈する傾向が強くなっていった。当時の経済成長は「フランス資本主義の黄金時代」と称されるようになり、それを支えた制度や政策が着目されるようになった。この研究潮流はとくに第2次世界大戦後に強くなった。 ルイ=ナポレオンは、大ナポレオンの帝国が崩壊すると、母親に連れられスイスへ亡命し、そこで多感な青年時代を過ごした。 1830年に母国で7月革命が勃発したのを機に政治活動を本格化。ナポレオン戦争後の欧州での秩序を支えていた、英国、オーストリア、プロイセン、ロシアなどの大国中心主義に立つウィーン体制(のちにブルボン復古王政下のフランスも加盟)を一貫して批判した。 この立場から、ドイツ、イタリア、ポーランドなどにおけるナショナリズム(国民主義)運動に共感を寄せ、イタリア統一運動(リソルジメント)にも参加した。 3世に込められた意味.

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