【解説】 なぜ英与党はジョンソン首相に辞任を迫っているのか

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画像説明, ジョンソン首相は辞任しないと強気を示している

ボリス・ジョンソン氏の英首相としての将来は、かつてないほどの危険にさらされている。

イギリスでは、さまざまな政治的混乱が何カ月も続いている。そして5日にはついに、保健相と財務相がわずか10分の間に、相次いで辞任する事態に至った。両閣僚は、ジョンソン氏がこの日、クリス・ピンチャー議員を2月に与党・保守党の院内副幹事長に任命したことについて謝罪した直後に辞任した。同議員は、会員制クラブで男性2人に痴漢行為をしたと報じられ、先月末に院内副幹事長を辞任していた

ピンチャー氏によるもろもろの問題行動の指摘について、ジョンソン首相が何をいつ知っていたのかをめぐり、首相官邸が事実を正確に公表していないと批判が高まる中、主要閣僚2人は辞任。これを機に、閣外相が次々と辞表を提出し、保守党議員は次々と首相不信任の手紙を党の委員会に提出した。

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最初は細い流れだった辞表や不信任書簡の提出は、6日には洪水のようにふくれあがった。その夜には複数の主要閣僚が首相官邸におもむき、辞任するよう首相を説得しようとした。

しかし、これまでのところジョンソン氏は留任すると強気を示している。2019年の前回総選挙で有権者から「巨大な信認」を得た以上、自分は辞任するつもりなどまったくないという姿勢だ。ブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)担当大臣で、ジョンソン氏を支持するジェイコブ・リース=モグ氏は、首相への退陣圧力は一過性の「スコール」に過ぎないと一蹴した。

保守党のアンドリュー・ミッチェル下院議員はBBCに対して、「ラスプーチンの死の場面みたいだ」と、帝政ロシア末期の皇帝一家に影響力を持った祈祷(きとう)師になぞらえた。

「(ラスプーチンは)毒を盛られ、刺され、撃たれ、凍てつく川に放り込まれ、それでも生きているんだから」

では、イギリス政界はいったいどうやってこの事態に至ったのか。

ウェストミンスターで酔っ払い

6月30日に、英紙サンの新人記者が特ダネをものにした。24歳のノア・ホフマン記者は、同紙の政治担当記者になってわずか4日目で、保守党議員が院内副幹事長の職を辞任したと書いた。イギリス政界の中心地、ロンドン・ウェストミンスターにある会員制クラブ「カールトン」での出来事が、辞任理由だった。

ピンチャー議員は辞表で、「飲みすぎた」、「自分や他の人に恥ずかしい思いをさせた」と書いていた。

しかし実情は、酒を飲みすぎただけではなかった。議員は、この会員制クラブで男性2人につかみかかり、少なくとも1人の局部に触れたとされている。

これに続いて、政府は報道陣にこう説明した。ピンチャー議員は自分のふるまいに問題があったと認めているため、議員の地位は失わない、これ以上の処分も受けないと。

しかし、舞台裏では保守党の議員たちは激怒していた。

ピンチャー氏に対しては同じような性的問題行為の指摘が、過去にも繰り返されていた。それでもジョンソン首相は、副幹事長の職を与えた。副幹事長とは、下院議員の間の規律維持を担うほか、議員たちの私生活の相談にも乗る立場だ。

移り変わる公式説明

首相報道官は何日にもわたり、次の説明を繰り返した。ピンチャー氏を副幹事長に任命した際に首相は、指摘されていた具体的な問題行動の内容について知らなかったのだと。

しかし、官邸のこの公式説明は4日夜に崩れた。ピンチャー氏が外務政務次官だった2019年から2020年にかけて、同氏による「不適切なふるまい」に対して正式な苦情が提出され、ジョンソン首相はそれについて報告を受けていたことを、BBCのアイオーニ・ウェルズ政治担当編集委員が報じたのだ。

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5日になると、元外務省事務次官の上院議員、サイモン・マクドナルド卿が公の場で劇的な介入に打って出た。

マクドナルド卿はツイッターで、議会倫理基準コミッショナーへあてた手紙を公表。その中で、「首相官邸の当初の説明は事実と異なるし、のちに修正した言い分もまだ正確ではない」と指摘した。さらにBBCの番組で、ピンチャー氏の問題行動について首相は2019年の時点で説明を受けていたはずだと述べた。

この後、首相官邸は報道陣に、ジョンソン氏は確かに知っていたが「忘れていた」のだと説明した。

動画説明, 問題行動指摘された人物の院内副幹事長任命は「間違いだった」=ジョンソン首相
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しかし、波紋はすでに広がっていた。

衝撃の辞任

党内に渦まく不満は5日、リシ・スーナク財務相とサジド・ジャヴィド保健相の相次ぐ辞任で一気に爆発した。

スーナク氏はその辞表で、国民は政府によって「適切に、有能に、真剣に」政治が行われることを「当然ながら」期待していると書いた。

6日に下院で発言したジャヴィド氏は、ジョンソン首相がいる本会議室で、問題は「トップから始まる」し、「それは変わらない」と批判した。

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画像説明, リシ・スーナク前財務相

5日午後にジョンソン氏は閣僚全員に、誰が続投するつもりで誰が辞任するつもりか確認した。その時点では、他の閣僚は残ると思われていたが、6日午後にはウェールズ担当相のサイモン・ハート氏が閣僚として3人目の辞任を発表した。

さらに、複数の閣僚が首相の辞任を求めており、ジョンソン氏はその1人、マイケル・ゴーヴ・レベリングアップ(平準化、地域活性化)担当相を解任した。閣外相や政務秘書官は40人近くが辞任している。

首相辞任か、それとも解散総選挙か

ジョンソン首相は6日、下院に出席し、この嵐を乗り切る意欲を示した。

保守党の下院議員から、どのような状況なら辞任するのかと尋ねられ、首相は「がんばる」つもりだと答えた。

「正直言って、(有権者から)巨大な信認を与えられた総理大臣が、困難な状況になったら、頑張り続けるのが首相の仕事だし、私はそうするつもりだ」と、首相は2019年総選挙の圧勝を念頭に答えた。

しかし、BBCのクリス・メイソン政治編集長は、ボリス・ジョンソンから権威が流れ落ちていく様子が感じられるし、耳でも鼻でも分かるようだったと言う。野党・労働党の議員たちは、議場を出る首相を「バイバイ」と、やじで見送った。

プリティ・パテル内相や、スーナク氏の後任としてジョンソン氏に任命されたばかりのナディム・ザハウィ財務相といった政権幹部が、今やジョンソン氏に辞任を求めている。

さらに保守党幹部は、党首信任投票の実施頻度に関する党規則を改定するつもりだと、首相に伝えている。ジョンソン氏に対する党首信任投票はすでに6月6日に行われ、ジョンソン氏は与党議員の58.8%の信任を得て、危機を乗り越えた。

党首交代の流れ
画像説明, 1922年委員会の現行ルールでは、党首信任投票は来年6月まで行われない

現行ルールではそれから1年は次の信任投票は行えないが、保守党内ではこのルールを変更し、来週中にも再び信任投票を実施しようという動きがある。

ジョンソン氏が、解散総選挙に踏み切ることで、首相の座にとどまろうとするかもしれないという見方もある。

しかし、世論調査機関「YouGov」による5日の調査では、ジョンソン氏は辞任すべきと答えたイギリス市民は69%に上った。保守党支持者の間でも過半数が、ジョンソン氏は辞任すべきだと答えた。

このため解散総選挙も、ジョンソン氏の将来にとってはリスクが大きいものとなっている。