柔道男子、五輪2連覇の大野将平(30=旭化成)はいま、何を思うのか。東京五輪からの復帰戦となった4月の全日本選手権で、あえて無差別の戦いで表現したかった真意、減少する国内柔道人口への提言、現役続行を悩む心境まで。インタビューで語り尽くした。

2020年東京五輪 柔道男子73キロ級決勝 ラシャ・シャフダトゥアシビリ(後方)を破り、連覇を達成した大野将平(2021年7月26日)
2020年東京五輪 柔道男子73キロ級決勝 ラシャ・シャフダトゥアシビリ(後方)を破り、連覇を達成した大野将平(2021年7月26日)

「何ていうか、鬼ごっこなんですよ、僕にとって柔道は、いま」

大野に全日本選手権出場の真意を聞くと、その答えの前提として語り出したのは、五輪2連覇に至る道程の中での葛藤だった。

「相手が逃げているのを、俺が追い掛けて差が詰まるかどうか。詰まったら投げられるし、それをGS(延長戦)などで時間をかけて削って詰めていき、最後に投げるという。生意気な言い方ですが、逃げ腰の選手が多い。そういう戦いをトップ選手がやっているから良くないんだろうな」

2020年東京五輪男子73キロ級決勝 ジョージアのシャフダトゥアシビリ(手前)を攻め込む大野(2021年7月26日)
2020年東京五輪男子73キロ級決勝 ジョージアのシャフダトゥアシビリ(手前)を攻め込む大野(2021年7月26日)

強く美しい、その柔道は世界から羨望(せんぼう)を集める。ただ、決して本人が求めている柔道を体現できてはいなかったという。

「(東京五輪までは)強くなるためではなく、試合で勝つために、やりたくない作業もやっていた。変わっていくものを追い掛ける、ルールが変わるのを追い掛ける事ですね。それはすごい必要なことですが、柔道の良さとなったときに、本質ではないかなと」

では、本質とは?

「2つ組む(釣り手、引き手ともしっかり持つ)、投げるということですよね。互いに打ち合う。それが柔道ができてから、変わってないこと」。

試合で勝つことと、柔道家として強くなること。その2つがどんどん離れていく感覚を覚えたのが、東京までだったという。

ルールの範囲で、勝つために小手先の技術を追求してくる相手もいた。それを逃げ腰と感じることが多かった。その範囲にからめ捕られるように、鬼ごっこをしている自分もじくじたる部分があった。

「向こうが大野の良さを殺そう、じゃあ、もっとこっちも殺そうと。引き算と引き算になる。いまの柔道は削りあいで、互いのいいところが出ない。となると見ている人はつまらないですよ」

消極性などによる指導が多くなり、投げによる一本勝ちは少なくなる。その構図を「掛け算」にしたかったのが、全日本選手権だった。

柔道全日本選手権 1回戦で前田宗哉(右)に攻められる大野将平(2022年4月29日)
柔道全日本選手権 1回戦で前田宗哉(右)に攻められる大野将平(2022年4月29日)

「正面衝突ですよね。『食ってかかれよ』と思ってて。それが本来の格闘技じゃないですか。勝ち負けを振り切って、俺が表現したいもの、やりたい柔道をやろうと」

実際、90キロ級の前田とは互いに技を掛け合う展開になった、組み手争いにとん着するのではなく、望んだような打ち合いを見せた。

「俺の柔道を見て『柔道がやりたくなった』とか、『何か人を投げてみたくなった』とか。そういう思いになってもらえばいい。いまの子どもたちには本質を見てもらいたかった。でも4分じゃ足りない。10分くらいやりたいなと思う。表現したいものを見せるには」

日の丸を背負い、勝利を重大使命にしていた連覇への畳とは、違う姿と感じてほしかった。


◇   ◇   ◇

30歳、日本柔道界の看板という意識もあるのだろう。この数年は、自身の戦い以外への関心、そして危機感が広がっている。

「いまは職業も多種多様。全員がアスリートになりたいという感じではない。スポーツだけの子供の取り合いでもない。すると少子化までいってしまう。僕らが努力して何ができるのかなと考えますね」

柔道は急激な競技人口の減少にあえぐ。04年から21年までの17年間で、全日本柔道連盟の個人登録者数は20万2025人から12万2184人に減少した。特に小学生は4万7512人から2万5636人になった。日本連盟としても、昨年9月にブランディング戦略推進特別委員会を設置して、普及に重きを置くが、大野自身も考えを巡らす。

「柔道を始めた子へのアプローチではなく、柔道を始めるようなことを考えないといけない」

全日本選手権への出場も、投げ合う姿を見せる事で、柔道への関心を持ってほしいとの一心だった。いま、試合以外でのアプローチも具体的に浮かぶ。

「投げてみたくないですか、俺のこと?」

未経験者向けに、体験機会を設けたい。

「逆に投げられるのもいいかな。宙を舞うとか、ないですよね。そういうの面白いかなと。それをやりたいんです」

現役中のいまにこだわる理由がある。

「やるべきことはいまかなと。情けないですよね、体が動かなくなった40歳過ぎで、子どもたちにも『誰?』と言われるのが。いまなんですよ。何をやるではなく、いま何かをやらないといけないんです」

知名度の消費期限に敏感に、焦燥感、使命感もある。

全日本選手権の存在意義へも言及する。

「今年は面白かったと思いますが、それでも(国際大会の)選考大会だったら、重量級はプレッシャーを感じて、勝ちにこだわる。だから全日本だけは別にしたほうがいいですし、時期もみなが比較的出場しやすい年末などに移した方が良い」

憧れられる柔道をみなが見せる場として、国際大会とは違う線引きをしても良いのではと指摘する。

柔道全日本選手権 1回戦で前田宗哉(右)に敗れた大野将平(2022年4月29日)
柔道全日本選手権 1回戦で前田宗哉(右)に敗れた大野将平(2022年4月29日)

自身は3連覇がかかるパリ五輪については、言及していない。

「試合へのモチベーションはなかなかないです。試合に出るなら勝たないといけないとなる。本意じゃないものを取っ払ってやりたいですけど、それは不利。やるならルール把握もしないといけないし、新ルールを把握する気力がなかなかない。きついですね」

選手であるうちに表現したいもの、達成したいもの。選手であるからこそ、のしかかる苦悩。大野は揺れながら、今日も畳の上に立っている。【阿部健吾、木下淳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

リオデジャネイロ五輪で金メダルの大野将平は日の丸に手を当てて君が代を聞く=16年8月8日
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