柔道男子、五輪2連覇の大野将平(30=旭化成)はいま、何を思うのか。東京五輪からの復帰戦となった4月の全日本選手権で、あえて無差別の戦いで表現したかった真意、減少する国内柔道人口への提言、現役続行を悩む心境まで。インタビューで語り尽くした。
「何ていうか、鬼ごっこなんですよ、僕にとって柔道は、いま」
大野に全日本選手権出場の真意を聞くと、その答えの前提として語り出したのは、五輪2連覇に至る道程の中での葛藤だった。
「相手が逃げているのを、俺が追い掛けて差が詰まるかどうか。詰まったら投げられるし、それをGS(延長戦)などで時間をかけて削って詰めていき、最後に投げるという。生意気な言い方ですが、逃げ腰の選手が多い。そういう戦いをトップ選手がやっているから良くないんだろうな」
強く美しい、その柔道は世界から羨望(せんぼう)を集める。ただ、決して本人が求めている柔道を体現できてはいなかったという。
「(東京五輪までは)強くなるためではなく、試合で勝つために、やりたくない作業もやっていた。変わっていくものを追い掛ける、ルールが変わるのを追い掛ける事ですね。それはすごい必要なことですが、柔道の良さとなったときに、本質ではないかなと」
では、本質とは?
「2つ組む(釣り手、引き手ともしっかり持つ)、投げるということですよね。互いに打ち合う。それが柔道ができてから、変わってないこと」。
試合で勝つことと、柔道家として強くなること。その2つがどんどん離れていく感覚を覚えたのが、東京までだったという。
ルールの範囲で、勝つために小手先の技術を追求してくる相手もいた。それを逃げ腰と感じることが多かった。その範囲にからめ捕られるように、鬼ごっこをしている自分もじくじたる部分があった。
「向こうが大野の良さを殺そう、じゃあ、もっとこっちも殺そうと。引き算と引き算になる。いまの柔道は削りあいで、互いのいいところが出ない。となると見ている人はつまらないですよ」
消極性などによる指導が多くなり、投げによる一本勝ちは少なくなる。その構図を「掛け算」にしたかったのが、全日本選手権だった。
「正面衝突ですよね。『食ってかかれよ』と思ってて。それが本来の格闘技じゃないですか。勝ち負けを振り切って、俺が表現したいもの、やりたい柔道をやろうと」
実際、90キロ級の前田とは互いに技を掛け合う展開になった、組み手争いにとん着するのではなく、望んだような打ち合いを見せた。
「俺の柔道を見て『柔道がやりたくなった』とか、『何か人を投げてみたくなった』とか。そういう思いになってもらえばいい。いまの子どもたちには本質を見てもらいたかった。でも4分じゃ足りない。10分くらいやりたいなと思う。表現したいものを見せるには」
日の丸を背負い、勝利を重大使命にしていた連覇への畳とは、違う姿と感じてほしかった。
◇ ◇ ◇
30歳、日本柔道界の看板という意識もあるのだろう。この数年は、自身の戦い以外への関心、そして危機感が広がっている。
「いまは職業も多種多様。全員がアスリートになりたいという感じではない。スポーツだけの子供の取り合いでもない。すると少子化までいってしまう。僕らが努力して何ができるのかなと考えますね」
柔道は急激な競技人口の減少にあえぐ。04年から21年までの17年間で、全日本柔道連盟の個人登録者数は20万2025人から12万2184人に減少した。特に小学生は4万7512人から2万5636人になった。日本連盟としても、昨年9月にブランディング戦略推進特別委員会を設置して、普及に重きを置くが、大野自身も考えを巡らす。
「柔道を始めた子へのアプローチではなく、柔道を始めるようなことを考えないといけない」
全日本選手権への出場も、投げ合う姿を見せる事で、柔道への関心を持ってほしいとの一心だった。いま、試合以外でのアプローチも具体的に浮かぶ。
「投げてみたくないですか、俺のこと?」
未経験者向けに、体験機会を設けたい。
「逆に投げられるのもいいかな。宙を舞うとか、ないですよね。そういうの面白いかなと。それをやりたいんです」
現役中のいまにこだわる理由がある。
「やるべきことはいまかなと。情けないですよね、体が動かなくなった40歳過ぎで、子どもたちにも『誰?』と言われるのが。いまなんですよ。何をやるではなく、いま何かをやらないといけないんです」
知名度の消費期限に敏感に、焦燥感、使命感もある。
全日本選手権の存在意義へも言及する。
「今年は面白かったと思いますが、それでも(国際大会の)選考大会だったら、重量級はプレッシャーを感じて、勝ちにこだわる。だから全日本だけは別にしたほうがいいですし、時期もみなが比較的出場しやすい年末などに移した方が良い」
憧れられる柔道をみなが見せる場として、国際大会とは違う線引きをしても良いのではと指摘する。
自身は3連覇がかかるパリ五輪については、言及していない。
「試合へのモチベーションはなかなかないです。試合に出るなら勝たないといけないとなる。本意じゃないものを取っ払ってやりたいですけど、それは不利。やるならルール把握もしないといけないし、新ルールを把握する気力がなかなかない。きついですね」
選手であるうちに表現したいもの、達成したいもの。選手であるからこそ、のしかかる苦悩。大野は揺れながら、今日も畳の上に立っている。【阿部健吾、木下淳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)