EUの「賃金透明化法案」制定で、男女間の賃金格差は是正されるか

欧州委員会が提出した労働者の賃金情報の透明性と強制措置の法案が、まもなく採択される見通しだ。企業は対応に追われることになるが、賃金格差の大幅な是正につながることが期待されている。
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PHOTOGRAPH: PETER DAZELEY/GETTY IMAGES

3月8日の「国際女性デー」に合わせて、2022年は英国企業による自社の売り込みの投稿がソーシャルメディアに相次いだ。いかに自社の女性従業員たちが会社に強い活力を与えているのか、職場での偏見をなくすために自社がどれだけ尽力してきたのかを主張したのである。

ところが、Twitterアカウント「GenderPayGapBot」の見方は違っていた。このアカウントは、英国のマンチェスターで活動するコピーライターのフランチェスカ・ローソンと、そのパートナーでソフトウェア開発者のアリ・フェンサムが運用している。

例えば、コンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーは自社のプロモーション動画に、「わたしたちの会社に勤めるフランチェスカを紹介しましょう。『攻略できない山はないと信じています!』」というメッセージを添えて投稿した。そこでGenderPayGapBotは、同社が女性に支払っている報酬は男性より22.3パーセントも少ないことを指摘したのである。

フィンテック企業のGoCardlessが同社で上級管理職を務める女性の言葉として、「最良のアドバイス:フィードバックは贈り物です」といった内容の投稿をしたときもそうだ。GenderPayGapBotは、同社で女性の報酬は男性より19.9パーセントも少ないことを指摘している

こうしたツイートは数百件にも上った。そしてGenderPayGapBotは、自社を声高に宣伝する企業のほんのわずかしか女性と男性の賃金を平等に支払っていないことを示したのである。

労働者がよりよい労働条件や柔軟性、福利厚生を要求しているにもかかわらず、賃金情報の透明性は公平な働き方を実現する上で最後の障壁となっている。働く人全員の正確な報酬額の公表は、いまだに実現不可能に思えるのだ。

「欧州委員会の最新のデータによると、欧州連合(EU)における性別による賃金格差は14.1パーセントで、解消は非常にゆっくりとしか進んでいません」と、欧州委員会の広報担当は指摘する。「この賃金格差は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)が続く状況下では特に深刻な問題となっています。男女の不平等を助長し、女性が貧困に陥るリスクを大幅に高めてるからです」

賃金情報の透明性に関する法令

欧州委員会が欧州議会および欧州理事会にある提案を提出したのは、2022年3月初旬のことだった。この提案は、EU加盟国におけるあらゆる職種の労働者の賃金情報の透明性と、強制措置に関する初めての法制化を示したものである。

提案では、雇用主に対し求人広告での給与の範囲の記載を求めるほか、求職者に過去の給与額を聞くことを禁止する。また従業員には、賃金水準に関する情報を会社側に要求する権利が与えられ、従業員が250人を超える企業には性別による賃金格差に関するデータの公表を義務づける。さらに、未払いの賃金とそれに関連する賞与の全額補填や、通常より低い賃金を支払っていたことが判明した企業への処罰など、賃金差別の被害にあった人々に対するより公正な措置も盛り込まれている。

この件に関する指令を100日以内に出すことを、欧州委員会委員長のウルズラ・フォン・デア・ライエンが約束したのは19年12月はじめのことだった。その後、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)により、指令案を出すまでに少なくともその4倍の期間がかかってしまった。それでも欧州議会と欧州理事会はまもなく決定を下し、指令案を採択することが見込まれている。

HEC経営大学院(HEC Paris)が実施した調査によると、賃金の透明性を義務づけることは性別による賃金格差の大幅な是正に役立つ可能性がある。調査に参加した10万人の学術関係者全員の給与をオンライン上に掲示し、誰もが閲覧できるようにするという徹底した透明性の施策を20年間続けたところ、性別による賃金格差は最大で50パーセント減少したことがわかったのだ。

企業が給与の透明性に抵抗してきたのは、従業員が互いの賃金を知った場合に何が起きるかを示す世界的な研究がないからだと、HEC経営大学院の調査を主導した研究者のひとりで准教授のトーマス・オブロイは指摘する。「企業は賃金の範囲が狭まり、優秀な人材を賃金の透明性のない競合他社に奪われることを警戒しています」と、オブロイは説明する。

「しかし、データを見ると反対のことが起きていることがわかります。賃金を透明化した組織から有能な人材は流出していません。また、この『大量離職時代』において、人材を引き抜くには非常によい条件を提供すれば十分だった1970年代や80年代の考え方をそのまま当てはめることはできないのです」

透明性を実現したアイスランド

給与情報の大規模な透明性を実現している事例のひとつに、アイスランドが挙げられる。18年時点のアイスランドの法律では、従業員が25人を超える企業は同一労働に対して同一の賃金を支払っていることを証明し、賃金格差がある場合は是正しなければならない。

賃金を平等に支払っていることを証明できた企業には証明書が授与され、証明書をもたない企業には1日につき定められた罰金が科せられる。カナダも21年末に従業員10人以上の企業に対し同様の制度を導入し、24年9月までに賃金平等のあらゆる格差を是正することを目標としている。

同一労働同一賃金を定めた法律(同一賃金認証法)が導入されるまで自分の給与について常に疑問をもっていたと、アイスランドのレイキャビクを拠点にするソフトウェア開発会社Aranjaでスタジオマネジャーを務めるブリンディス・アレクサンデルスは語る。

「中間管理職に昇進したときに賃金等級がひとつ上がり、給与が20パーセント増えました」と、アレクサンデルスは説明する。「これほど増えるとは思っていませんでしたし、この法律がなかったらこうはならなかったかもしれません」

別の北欧のIT企業からAranjaに転職してきたアレクサンデルスの同僚のサイヴァー・マー・アトラソンによると、前の会社には賃金の透明性はなく、従業員は自分たちの給与を明かさなかった。アトラソンは上級ソフトウェア開発者という以前とほぼ同じ役職に就いたが、転職によって賃金は増えたという。

「100パーセントの透明性は喜ばしい変化です。チームがうまく機能する力学が生まれます。また給与相場の感覚がつかめることで、自分の役職で最高水準の給与をもらっていると納得できるのです」とアトラソンは言う。

Aranjaの賃金体系は透明性が高く、レイキャビクの給与相場に基づく給与等級を採用している。これはテクノロジー市場の最高水準に近い。そして従業員の住んでいる地域にかかわらず賃金は同一であり、社員が生活費の安い地域へ転居しても罰則はないという。

「透明性の高い給与に関して学んだ興味深いことのひとつは、自分が交渉した給与水準に見合う結果を出さなければならないと新しい従業員が過度のプレッシャーを感じる場合があるということです」と、Aranjaでテクニカルディレクターを務めるエイリクル・ハイダー・ニルソンは説明する。「これは生産的ではありません。新しい従業員にとって、入社したばかりはすでにストレスの多い時期だからです。既存の従業員には新しい従業員が職場になじめるよう助け、その働きぶりが期待した水準に達していなくともとげとげしくならず指導してほしいと思っています」

このような問題を回避するためにAranjaでは、最初の給与は少なめに設定し、6カ月後の人事評価で適切な給与水準にすることを約束している。

求められる対応

一方、「口止め条項」が広く使われている国もいくつかある。英国では労働者の5人に1人が、同僚と賃金について話すことを禁じられているのだ。オーストラリアでも従業員の契約書に賃金についての守秘義務を定めた条項が記載されていることが多い。

米国の法律では従業員には報酬について話し合う権利があり、口止めを禁止する法律が21の州で制定されている。雇用主が求職者に対して過去の給与額に関する情報の要求を禁止し、前職での給与差別が引き継がれないようになっているのだ。

かたちだけの対策をいくつか打ち出すのではなく、欧州委員会が提案したような相互に連動する隙のない一連の制度を導入すれば、多くの企業が説明責任を負うようになり、進歩が促進される可能性がある。

欧州委員会の指令案が採択された場合、EU加盟国には指令を国内で法制化するまで2年間の猶予が与えられる。これはつまり、各社が過去の行動を改め帳尻を合わせるまでの猶予期間ということだ。地域差が賃金に与える影響に対処したり、性別による賃金格差より大きいとされる人種間の賃金格差をなくすための取り組みに、力を入れたりすることも必要になるかもしれない。

テクノロジー関連の求人ポータルサイトを運営するOttaの共同創業者のサム・フランクリンは、この法令に期待しているという。「抜け穴のないこうした法律の制定は、素晴らしい成果を生む可能性があります。欧州の企業はこの法律から逃れられないのです」と、フランクリンは語る。「各社は難しい交渉に備え、どのように対処するか決める必要があります。しかし、欧州の求職者にとっては非常に望ましい状況になるでしょう。ほかの国もあとに続くことを期待しています」

フランクリンによると、Ottaに登録している企業の約半数(46%)が求人広告に賃金に関する詳細を記載していない。「全社のすべての仕事の賃金を透明にし、公開するほど度胸のある企業は多くありません。ロンドンでも10社未満だと思います」と、フランクリンは説明する。米国ではIT企業のGitLabCodacyなどが給与計算のプログラムをオンラインで提供しており、役職やレベルに応じた給与額を確認できるようにしている。

どのような種類であれ、法制化による移行期間には困難が伴う。「法律を遵守し、説明責任を負えるよう調整できるまでは各企業の負担は増えます。膨大な団体交渉や再調整が起きるでしょう」と、HEC経営大学院のオブロイは指摘する。「組織はいままで当然と考えていたことを見直す必要があります。コストはかかるかもしれませんが、透明性はあくまでも手段であり、最終目標ではないのですから」

WIRED US/Translation by Mayumi Hirai, Galileo/Edit by Nozomi Okuma)

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