「白浜、膝から腰、オフショア」。今もあの声が耳に残る。1980年代の土曜深夜、テレビのバラエティー番組「オールナイトフジ」で、女子大生たちと関東近郊の波情報を伝えた。サーフィンブームの「顔」だった。その後、何度も話をした。東京五輪の波の大きさが問題になると「海中に波を起こす装置を置けばいい」。とっぴなアイデアも、熱く、分かりやすく話した。サーフィンと海への深い愛を感じた。
活動がサーフィンからビーチ全般に変わり、東京五輪に関わることもなかった。それでも、サーフィン教室で子どもたちに魅力を伝え、発信し続けた功績は大きい。日本サーフィンの創成期を支えた1人だった。 昨年の東京五輪にドジさんら「レジェンド」を招待する計画があった。併催のフェスでサーフィンの歴史を展示、証人たちにも集まってもらう企画だったという。無観客開催で実現こそしなかったが「歴史」を大切にしていることが分かる。北京五輪スノーボード金の平野歩夢は18日の会見で「カルチャーと競技の2つあるのが、魅力」と言った。東京五輪スケボー金の堀米雄斗は「カルチャーも競技も頑張りたい」。同サーフィン銀の五十嵐カノアも「カルチャーを大切にしながら勝ちたい」と言った。
音楽やファッション、国や順位を超えて仲間と高め合う姿勢、固定観念にとらわれない自由な発想…。「3S」には五輪の伝統競技にないカルチャーがあり、それを支える歴史がある。成り立ちや発展が、それぞれのカルチャーを形作る。「楽しみだよ。オリンピックでサーフィンをやるんだから」。ドジさんはポジティブだったが、「五輪化」には反対もある。「カルチャーが失われる」というのだ。大丈夫だろう。若きスターたちが、カルチャーを守りながら新時代へリードしてくれる。聡明(そうめい)で、逞しく、常に命がけで真摯(しんし)に取り組む彼らには、その道がしっかりと見えているはずだ。【荻島弘一】
オールナイトフジで、ドジ井坂さんのサーフィンコーナーやった後に、ミッドナイト・ミニライブ。 ライブ始まるまで寝ちゃう事もあった。
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