事故ゼロの社会実現へ、AIやデータで何ができる?
船曳真一郎・三井住友海上火災保険社長 経営者編第7回(12月6日)
損害保険会社が事故ゼロの社会を目指すと言うと、首をかしげる人もいるかもしれません。事故や災害が起きた時に保険金を支払うのが従来の役割。事故がなくなったら、保険会社なんて要らないんじゃないかと思いますよね。でも我々は昨年から「いざ」という事態が起きる前に予防しようと訴えてきました。人工知能(AI)やデジタルデータで事故が起きない社会をつくるビジネスを展開しようと考えているからです。
AIやデータの活用で何が変わるのか。最大の効果は事故や災害を予測できるようになることです。損害保険会社には膨大なデータがあります。AI分析の進化で、どんなデータを集めれば、どんな予防ができるかが分かるようになってきました。
例えば自動車保険に付帯するドライブレコーダー。本来の目的は、事故の際に現場の状況を正確に把握することです。でもAIで分析すれば道路の損傷状況も検出できます。そこから自治体と協力して安全な道路整備を進める事業を生み出せます。
我々は気候変動や生物多様性の対策を推進する「プラネタリーヘルス(地球環境との共生)」、企業活動や社会インフラを強化する「レジリエンス」、ウェルビーイング(多様な人々の幸福)や地方創生に役立てる「ソーシャルインクルージョン」の3分野を軸に、予防ビジネスを展開したいと考えています。
もちろん課題もあります。社内からドライブレコーダーを使うというアイデアが出てきても、そのデータを道路メンテナンスに役立てるなんていう発想にはつながりません。そこで力を発揮するのが、社外の技術や知識を取り込んで変革するオープンイノベーションです。我々は社外の人たちも評価に加わる新規ビジネスのアイデアコンテストを開いています。先ほど紹介した道路メンテナンスもここから生まれました。
防災や減災でビジネスを展開するのは簡単じゃありません。こう考えてはどうでしょうか。少し前まで天気予報は気象庁の仕事だと思い込んでいました。でもデータが整い、AI分析が進むなかで、農業やレジャーなどの特定業種が求める詳細な気象情報の価値が高まり、民間ビジネスが誕生しました。我々が目指すのはこうしたビジネスモデルと似てくるのではないかと感じます。事故や災害のデータを集めて分析し、将来のリスクを予測する。「リスク予測会社」と呼んでもいいと思います。
損害保険会社の役割には、事故が起きないようにする、起きても限りなく小さくとどめる、起きたら速やかに対応する、という3段階があります。でも、誰にとっても事故に遭わないことが一番良いことではないでしょうか。そこで読者の皆さんに質問です。AIやデータを使って事故ゼロの社会を実現させるには、どんな方法があるでしょうか。斬新なアイデアをお待ちしています。
編集委員から
新型コロナウイルス禍で、いや応なくテレワークを迫られて苦慮した企業も多かったと思います。働き方改革だけでも大変なのに、それが事業モデルそのものの変革だったら……。事故ゼロの社会を目指す三井住友海上火災保険の挑戦は、それほど険しい道のりに映ります。
そんな難局を打破する試みの一つが、イノベーション推進の新拠点「グローバルデジタルハブ・東京」です。一歩足を踏み入れると、壁一面の巨大なタッチパネル。非対面で保険代理店や取引先企業と意見を交わすオンラインスタジオや、最新デジタル機器を体験できるブースも。船曳社長は「新しいビジネスを生み出す会社にいることを実感してほしい」と期待を込めます。
事故や災害時に保険金を支払う会社から、事故や災害を予測して防ぐ会社へ。持続可能な社会への関心が世界的に高まるなかで、損害保険会社という確立された事業モデルの変革に挑む試みを私もじっくり見つめたいと思います。(編集委員 小栗太)
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今回の課題は「事故ゼロの社会実現へ、AIやデータで何ができる?」です。400字程度にまとめた皆さんからの投稿を募集します。締め切りは12月14日(火)正午です。優れたアイデアをトップが選んで、27日(月)付の未来面や日経電子版の未来面サイト(https://www.nikkei.com/business/mirai/)で紹介します。投稿は日経電子版で受け付けます。電子版トップページ→ビジネス→未来面とたどり、今回の課題を選んでご応募ください。