どこに潜む、シャア・アズナブルより“強い”潜水艦
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今回は潜水艦の話を書きたいと思う。
魚雷の横にベッド…「横で寝ると気持ちいいんですよね」
以前、海上自衛隊の潜水艦「なるしお」に乗り、体験航海をする機会があった。神奈川県の横須賀基地を出港し、潜望鏡やエンジンなどを見学させてもらった。無機質な機械類がむき出しになっている艦首部分の魚雷発射管室で、ベッドが置かれているのを見つけた。「これって何ですか?」。そう尋ねると、乗員の一人が笑顔で教えてくれた。「ここで寝るんですよ。魚雷ってひんやりしてるんで、横で寝ると気持ちがいいんですよね」
言うまでもないが、魚雷は大型の水上艦を1発で撃沈しうる強力な武器だ。その魚雷と一緒に隊員が寝ているとは……。やはり現場は面白いと思った。
このときもらった「乗艦記念」の冊子によると、「なるしお」は2001年に進水した潜水艦で、乗員は71人。魚雷やミサイルを発射する水中発射管を6門備える。全長は81.7メートルだから、政府専用機として使われているボーイング777型機よりも10メートル近く長い計算になる。ずいぶん大きく見えるが余分な居住スペースはない。だから、臨時で乗り込んだ実習生などは、魚雷発射管室に置かれた仮設ベッドで眠るというのだ。
数十日間も海中に潜りっぱなし、行動も機密
潜水艦の任務は過酷だ。数十日間も海中に潜りっぱなしで、情報収集にあたることもある。もちろん艦内に窓はない。昼夜の感覚を保つために、日の出から日没の時間までは白色の明かりがともされる。夜間は赤い明かりに切り替わる。眠りにつくベッドの天井は低く、簡単に寝返りもできない。当然、風呂場に浴槽はなく、シャワーだけでしのぐ。乗員はこうした「閉鎖空間」の中で、黙々と任務をこなし、艦を動かしている。
行動内容も機密だ。「どこかに潜んでいるかもしれない。だから警戒しなくては……」。相手にそう思わせることが潜水艦の抑止力の本質だ。防衛省は潜水艦の増強に力を入れ、従来の16隻態勢から22隻態勢に拡充した。海上防衛力の柱の一つとして位置づけている。
ある艦長経験者からこんな話を聞いたことがある。「潜水艦はシャア・アズナブルより強い」と。シャアとは、アニメ「機動戦士ガンダム」に登場するキャラクターだ。物語中の会戦で5隻の戦艦を撃沈したことで知られる。この艦長経験者は、乗員と力を合わせ、それ以上の数の艦艇を撃沈した経験があるという。もちろん演習の中での出来事だ。
厳しさ増す国際情勢、初の女性乗員誕生も
強力な武器を搭載しているからこそ、運用には細心の注意が求められる。例えば、今年2月、高知県・足摺岬沖で海面近くに浮上した潜水艦「そうりゅう」が貨物船と衝突する事故を起こした。一歩間違えば、惨事につながりかねないケースだ。乗員が自殺するケースも起きている。閉じられた空間だけに、乗員のストレスの管理も重要だ。
一方で、新しい動きもある。長らく男性しか乗艦できなかったが、昨年10月、初の女性乗員が誕生したのだ。広島県の呉基地では20~40歳代の女性5人に、潜水艦乗りの証しとなる
日本を取り巻く国際情勢は厳しさを増している。10月18~22日、中露両国の海軍艦艇計10隻が、津軽海峡と大隅海峡を通過し、日本近海を周回するように航行した。岸防衛相は「示威活動を意図したものと考えている」との認識を示した。自衛隊は日々、最前線でこうした動きを監視している。
安全保障の話題はどこか遠い世界の出来事に感じるかもしれない。しかしその現場では、1隻の潜水艦だけを見ても、乗員が魚雷と一緒の部屋で寝起きしたり、明かりの色で昼夜を知ったりする日常がある。
潜水艦は今、この瞬間も海中に潜んでいる。広い海のどこかで。
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