この症状、どこを頼れば “死に近い病”の医療格差

この症状、どこを頼れば “死に近い病”の医療格差
「どの病院が私を診てくれるのかわかりません。ずっと治りません。私はどうすればいいですか」
取材で出会った女性は、全国で20万人以上も患者がいるとされる病気を患っていました。しかし長い間治療を受けられず、自分が病気であることすらわかりませんでした。
“最も死亡率の高い精神疾患”とも呼ばれる深刻な病の医療に、命の問題につながりかねない大きな地域格差が存在しています。
(金沢放送局記者 園山紗和)

脳も萎縮/深刻な病の実態

「写真の黒いところは脳が痩せてしまっているところです。脳に栄養が届かず、溝がたくさんできている」
重症の摂食障害と診断された10代の少女の脳のCT画像です。

少女は病院に運ばれたとき、体重が32キロにまで落ちた状態で、全身の筋肉だけではなく、脳にまで萎縮が起きていました。
入院した少女の治療を担当した金沢大学附属病院の精神科医 内藤暢茂医師は、摂食障害が人の認知機能にも影響を与えるおそれがあると指摘しました。
内藤暢茂医師
「この脳の状態では、思考力や集中力などが働かない。『痩せすぎだから、もう少し栄養をとって』と伝えても、ここまで深刻になると、言葉が頭に入ってこない」

死亡率が高い疾患

摂食障害は、「食べる」という行為を自分の意思ではコントロールできなくなる精神疾患です。

拒食や過食、それらを交互に繰り返してしまうといった症状があり、さまざまな合併症のほか、自殺で患者が亡くなるケースも少なくないということです。
内藤暢茂医師
「毛が抜ける人もいるし、骨折しやすくなるとか、筋力がなくなって本当にひどい人だと首も座らなくなって歩けなくなってしまうこともあります。精神的な部分も非常に問題で、症状が悪化してしまうと、死んでしまった方が楽だと考えてしまう」

医療チーム

金沢大学附属病院は、摂食障害治療の医療チームがある石川県内で数少ない病院です。

内藤医師ら精神科医のほか、看護師、心理士や栄養士、ソーシャルワーカーなどが、1人の患者に5人以上の体制を組んで、退院後も含めた継続的なケアにあたります。
看護師
「退院しても再入院する人を何人も見てきました。摂食障害は、薬では治せない精神疾患です。継続して回復を支えることが大切になってきます」
栄養士
「家庭での食事をどうするか困っている方が多い。退院の時にはご家族とも顔を合わせながら、自宅でどのくらいの食事を出したらよいのか、伝えます」

偏在する病院

心の症状とからだの症状の双方への対応が求められる摂食障害。

専門的な医療や回復支援を受けられる病院は全国でもごく限られているのが現状です。

十分な体制が整っているとされる『摂食障害支援拠点病院』は宮城、千葉、静岡、福岡の4つの県にしかなく、専門医の数もほかの精神疾患と比べて少なくなっています。
その結果起きているのが“特定の医療機関への患者の集中”です。

石川県の金沢大学附属病院も入院ベッドは常に満床で、順番待ちが起きています。

本来なら入院が必要なほどの重症患者でも、すぐには治療ができない状況があるといいます。
摂食障害治療 医療チーム 内藤暢茂医師
「小児科や内科から低体重で栄養をとれない状況にある患者さんが日々紹介されてきて、我々は重症度で順番を付けるしかない。ギリギリの状態の患者さんが待たされて入院できない、まさに“医療崩壊”といえる状況が、新型コロナの以前からずっと続いているのです」

症状抱え さまよう患者

地域による格差の問題もあります。
「病院にかかっても診察はいつも1、2分。ただ薬を受け取って、はい、じゃあまた来てくださいねって。症状がよくなっている気はまったくしないです」
大量に食べ物を詰め込んでは吐き出してしまう「過食おう吐」の症状がある富山県の40代女性です。

約20年前に始まった症状は徐々に悪化し、2軒、3軒と店を「はしご」して無理やり食べ物を詰め込んでは、近所のトイレで吐いてから家に帰る。

そんな毎日が続きました。

“自分は、ダイエットが下手なだけ。自分が悪いんだ”

女性は自分が病気であるとさえわからず、誰にも相談できないまま、10年ほど我慢しました。

苦しくて、苦しくて、とにかく病院に行けば少しは良くなるはずだとインターネットで探した家の近くの心療内科を受診しました。

そこで処方されたのは「うつに効く」という薬だけでした。

今も満足に治療してくれる病院は見つからないままで、診察はいつも短時間で終わり、症状は「あまり変わらない」と話していました。

なぜ、体制ができない?

摂食障害は、国内に20万人以上の患者がいるとされ、誰がかかってもおかしくはない“身近”とも言える病気です。

なぜ医療の体制が整わないのでしょうか。

医療者を育てる教育システムがないことが大きいと指摘するのは、摂食障害の治療プログラムの研究などを行っている「摂食障害全国支援センター」の関口 敦センター長です。
関口 敦センター長
「摂食障害の治療には内科の知識も、精神科の知識も必要ですが、今の日本のシステムでは、患者の診断や治療を教える病院もあれば、ノータッチのところもある。個人個人の経験に依存しているのが現状で、熱心な医師がいても、その人が倒れてしまえば、ほかの医師が代わりに患者を診る体制にもなっていない」
全国4つの県にしかない「支援拠点病院」で去年行われた調査では、1400件近い相談のうち、約3割は「県外」から寄せられていて、一度も医療機関を受診していない人からの相談も多く含まれていたということです。
関口 敦センター長
「摂食障害の患者にとって、アクセス先がわからない、どこにかかればいいかわからないという状況はずっとあります。どこにいてもきちんと治療が受けられる体制づくりは、国の方針でもあり、受け皿を広げて現状を是正していく必要があります」

後記

10月、石川県の医療関係者たちが、オンライン会合を開きました。

参加していたのは摂食障害の治療やケアに関わる大学病院や民間病院の医師や訪問看護師、ソーシャルワーカーや心理士などです。

会合のメンバーは、特定の病院、特定の医師に患者が偏りがちで、住む地域によっても医療レベルに差がある状況を、医療従事者の“連携”によって改善したいと考えていました。

新型コロナの拡大後は、周囲からのサポートがいっそう受けづらくなり、精神的ストレスなどから症状を悪化させる摂食障害の患者も増えているということです。

また、小学生など「子どもの摂食障害」も問題になっています。

1人でも多くの患者を、少しでも早く、医療に結びつけられる体制を作っていくことが今、ますます求められています。
金沢放送局記者
園山 紗和
令和2年入局
金沢放送局に配属され2年目の現在、事件裁判担当のキャップ。運転免許はあるが、安全を考え、ドライブは控えている。