新国立劇場バレエ団「竜宮」 世界に見せたい日本のバレエ

プリンセス亀の姫(木村優里、左)と浦島太郎(渡邊峻郁)=鹿摩隆司撮影
プリンセス亀の姫(木村優里、左)と浦島太郎(渡邊峻郁)=鹿摩隆司撮影

世界に発信してほしい、「日本」が詰まった舞台である。バレエという西洋の文法を使いながら、能や歌舞伎、邦楽の要素まで盛り込み、御伽草紙の「浦島太郎」を洗練された形で描く。打ち寄せる波や、日本の四季をプロジェクションマッピングで鮮やかに彩り、海の生き物と戯れながら、竜宮城を旅した気分にさせられた。

新国立劇場が昨年、「こどものためのバレエ劇場2020」で制作したオリジナル作品で、副題は「亀の姫と季(とき)の庭」。国内外で活躍するダンサー、森山開次が演出、振り付け、美術、衣装デザインまで担い、愛らしくも統一感のある、日本ならではのバレエを作り上げた。

子供たちにいじめられていた亀を、救った浦島。亀は実は美しい姫で、恩返しに浦島を竜宮城に誘うが、能の作り物の車で移動し、ウサギと競走を始めるなど、遊び心も満載だ。亀の甲羅をデザイン化した、姫の緑のチュチュがかわいらしい。

可愛らしくユーモラスな海の生き物たちが、浦島太郎の来訪を歓迎する(鹿摩隆司撮影)
可愛らしくユーモラスな海の生き物たちが、浦島太郎の来訪を歓迎する(鹿摩隆司撮影)
タンゴに合わせて踊るイカす3兄弟(鹿摩隆司撮影)
タンゴに合わせて踊るイカす3兄弟(鹿摩隆司撮影)

竜宮城では、次々と海の生き物たちが登場。「イカす三兄弟」のタンゴ、鋭い回転技を披露するサメなど、ユーモラスな衣装でキレッキレの踊りを見せ、もてなす。夢のような時間を過ごした浦島は2幕、禁断の「季の部屋」に立ち入り、日本の四季の美しさを堪能。老松を背景にした「羽衣」伝説や、織姫と彦星の「七夕」、祭りに紅葉に雪…と映像と融合した絵巻物のような踊りの連続に、浦島とともに観客も陶然とさせられる。しかし望郷の念にかられた浦島は、帰郷を決心。泣く泣く別れた姫から玉手箱を渡され、700年後の日本に戻り、開けてしまう-。

ここからの演出が秀逸で、浦島は玉手箱に仕込まれた「翁」の面をかけて瞬時に老人となり、さらには歌舞伎の引き抜きの手法も使って舞台上で鶴となって、天空に羽ばたく。浦島太郎と亀の姫は、「鶴は千年、亀は万年」の夫婦明神となり、時空を超えた恋が成就。日本古来の夫婦和合の物語へと発展し、めでたしめでたしの大団円を迎えるのだ。

森山は、これまで観世流能楽師の津村禮次郎と共演するなど、伝統芸能とのコラボレーションに貪欲に取り組んできた。今作はその蓄積を感じさせ、日本文化や伝統芸能への敬意を持った上で、エッセンスをダンスに翻訳、森山ならではの作品にしていることに感服した。

バレエ部分は、振り付け助手の湯川麻美子と貝川鐵夫の功績も大だろう。昨年と比較すると、波の群舞がトウシューズの踊りに変更され、より動きが繊細になった。三味線や箏など邦楽をふんだんに取り入れた音楽(松本淳一)も興味深く、バレエファンが見ても、伝統芸能ファンが見ても面白い、日本発のバレエである。

浦島太郎は「季の部屋」で日本の四季に感動する(鹿摩隆司撮影)
浦島太郎は「季の部屋」で日本の四季に感動する(鹿摩隆司撮影)

昨年の主演ペア3組に加え、今年は若手ペアも加わった4組での上演。昨年見た池田理沙子と奥村康祐のペアは、強いテクニックに加えて芝居心があり、亀の姫と浦島の抑制された愛情表現が、日本人らしく繊細な印象。今年は木村優里と渡邊峻郁(たかふみ)のペアで見たが、絵から抜け出たようなビジュアルで、渡邊の純粋な持ち味と木村のクールな美しさが生き、別世界の空気感をよく醸し出していた。

初演は、コロナ禍で活動を休止せざるを得なかった同バレエ団の、約5カ月ぶりの「再開」公演で、客席もその喜びを分かち合った。今年は、東京五輪開会式直後の上演でもあり、世界に発信すべき「日本」の文化とは何か、図らずも考えさせる舞台になったと思う。日本には世界レベルのアーティストが多数おり、高水準の作品を作り上げている事は、この舞台一つ見れば分かる。今作を大切なレパートリーとして上演を続け、磨き上げてほしい。

蛇足だが、会場で舞台に登場した愛らしい亀のぬいぐるみや、真っ赤なタコボールを販売すれば、作品の思い出が観客の中で継続するのでは。7月24~27日、東京・初代の新国立劇場オペラパレス。9月23日、大阪・フェスティバルホール。06・6231・2221。(飯塚友子)

公演評「鑑賞眼」は毎週木曜日正午にアップします。

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