世界中の朝食を置き換え続けるシリアル食品の知られざる普及の歴史とは?

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世界中の朝食を置き換え続けるシリアル食品の知られざる普及の歴史とは?(2014)

グラハム粉ベースのシリアル食品は岩のように硬かったため、食べる前に一晩かけて水に浸す必要があり、また、栄養成分から換算すると10倍も高価だったにも関わらず、菜食の美徳の風潮により売れ行きはとても良く、ここにビジネスチャンスを見いだした多くの人や企業がシリアル食品の開発に乗り出しました。社を設立するジョン・ハーベイ・ケロッグとウィリアム・キース・ケロッグのケロッグ兄弟も含まれており、シリアル食品を製造するためにシリアル食品「Granola」を開発し人気を呼んでいました。なお、Granolaは当初、「Granula」という商品名でしたが、Granulaというオリジナル商品を開発していた先発企業に訴えられたため名称変更したものだとのこと。地方一帯には20世紀初頭に多くのシリアル食品メーカーが設立され、100を超える穀物工場が集積する一大拠点に成長していきました。その頃、ケロッグ兄弟はシリアル食品の原材料として小麦の代わりにより安価なトウモロコシを用いる「コーンフレーク」を考案しました。当初、傷みやすくすぐに腐敗臭のするトウモロコシの扱いに苦戦したケロッグ兄弟でしたが、見事これを克服しコーンフ

しかし、当時のシリアル食品は総じて味が悪く、「馬のエサ」と揶揄されるほどで、シリアル食品を食べる人は健康のために味に目をつぶっているという状態でした。そんな中、ケロッグ兄弟の弟・ウィリアムは、「不味いよりはよっぽどマシだ」と、シリアル食品に砂糖をかけることを決断し商品は人気になりましたが、シリアル食品最大のウリであったはずの「健康のため」という大義名分はあっさり撤回されました。 事業を拡大させたケロッグ社は、世界でシリアル食品を販売するためにグローバル戦略を迅速に採用し、1924年にはイギリスにコーンフレークを輸出し始めました。イギリスでの販売にあたっては失業者やボーイスカウトを採用して積極的な販促活動を行い、1936年にはイギリスでの売上高は100万ポンドを突破し、1938年にはマンチェスターに現地製造工場をオープンするなど大躍進を遂げています。急速に普及していくシリアル食品でしたが、さかんにアピールされていた「高い栄養価」や「健康な食べ物」という点について、1940年代の時点で批判的な見解が出現していました。シリアル食品の栄養価を疑問視する人たちは、前述の食べやすくするために添加される大量の砂糖だけでなく、シリアル食品の製造過程で栄養成分の多くが除去されている点を問題視していました。

 

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