NASAの火星探査機パーサヴィアランスを支えるのは、1990年代に作られたMac用プロセッサだった

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  • author Joanna Nelius -Gizmodo US-
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NASAの火星探査機パーサヴィアランスを支えるのは、1990年代に作られたMac用プロセッサだった
Image: NASA/JPL-Caltech via Gizmodo US

昔の親友が活躍してる気分。

人類の希望を乗せたNASAの火星探査車パーサヴィアランス。無事に火星に降り立った姿をひと目見たとき、「きっと最先端のハイテクプロセッサが搭載されているんだろうなあ…」と技術の進歩を思って溜息した人も多いはず。

しかし、ここに衝撃の事実です。

火星探査機に使われたのは「四半世紀前のプロセッサ」

確かにこのローバーに組み込まれたコンポーネントは、私たち一般市民向けデバイスと比べると数段パワフル。しかし、NASAが採用しているプロセッサは、宇宙向けの特殊な仕様ではあるものの、中身は四半世紀前の消費者向けデバイスに使われたものと変わりないのです。

科学誌「ニューサイエンティスト」の記事によると、パーサヴィアランスに使われているのは、1998年にAppleが発売した伝説のPC、iMac G3に搭載されていたPowerPC 750プロセッサです。 私と同じアラフォー世代以上の方なら、iMac G3が登場した時の衝撃を覚えておられることでしょう。カラフルかつシースルーの象徴的なデザインは、未来の到来を感じさせるほどのインパクトでした。

「PowerPC 750ってどこかで聞いたことあるなあ」という方はご明察。AppleはIntelに切り替える以前、PC向けマイクロプロセッサにRISC型のPowerPCを採用していました。ちなみに現在は自社製M1プロセッサを搭載したRISC型のCPUに回帰しています。

PowerPC 750はシングルコアの233MHzプロセッサ。最新の消費者製品向けチップはマルチコアの5.0GHzですから、比較するとかなりの低速であることは否めません。しかし、PC750は動的分岐予測を組み込んだ製品のパイオニアであり、最新のプロセッサにも使われています。

CPUアーキテクチャは効率性向上のため、CPUの処理命令に関して知識に基づいた予測を実行していますが、処理する情報が多いほどチップの予測は精度を増していきます。

放射線や過酷な環境にも負けない「宇宙仕様」になってる

ただし、地球から遠く離れた火星で活躍するパーサヴィアランスのCPUと、iMacのCPUには大きな違いがあります。今回使用されているのは、PowerPC 750をベースにしたRAD750耐放射線性シングルボードコンピュータ(BAEシステムズ製)。20万ラドから100万ラド(2,000シーベルトから1万シーベルト)もの放射線と、摂氏-55〜125度の過酷な環境に耐えることのできる特別仕様です。

火星には地球のように地表を守ってくれる大気はなく、太陽からの放射線が容赦なく降り注ぐことになりますから、火星探査車が探査活動を始める前に太陽光を浴びてしまえばそこで一巻の終わり。ローバー1機の費用は20万ドル(2,130万円)以上ですから、手厚く守ってあげないと、です。

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Photo: Henrik Wannheden via Gizmodo US
Power MacG3のCPUモジュールにオフダイL2キャッシュを搭載したMotorolaPowerPC750プロセッサ。

BAEシステムズのジェームズ・ラ・ローザ氏はニューサイエンティストのインタビューで、「銀河を駆け抜ける荷電粒子がデバイスを通過すると、大混乱を引き起こす可能性があります」と話しています。「回路内で電子ノイズや信号のスパイクを引き起こす恐れがあり、電子が文字通り、ノックアウトされてしまうかもしれないのです」。

「ベテランの信頼性とタフネス」という強み

しかし、1998年といえば宇多田ヒカルや浜崎あゆみがデビューした年なわけで。なぜ今そんな古いプロセッサを使っているのか?やっぱり疑問ですよね。「コストが安いから?」と思ってみたのですが、それは間違い。ひとえにPC750の信頼性が高いからなのです。まさにベテランの成せる技。思えばスペースシャトルに代わる有人飛行用宇宙船「オリオン」もまた、RAD750プロセッサを使用しています。

NASAでオリオン向け電子機器(アビオニクス)の担当副マネージャーを務めるマット・レムケ氏は、2014年の時点で「ラップトップのIntel Core i5と比較するとはるかに低速です。おそらくスマートフォンの方が高速でしょう」と宇宙情報サイトのThe Space Reviewに語っています。「しかし、重要なのはスピードよりも頑丈さと信頼性なのです。途中で停止してしまうことがないよう、念を入れなければなりません」。

そう考えると、NASAが最新テクノロジーではなく古参のベテランを採用するのも理にかなっています。「ロボットを火星に着陸させる」ために27億ドル(約2884億7000万円)もつぎ込んでいるわけですから、微小な回路に至るまで、「時」という試練に耐え続けてきた信頼性が何よりも重要なのです。

現在、RAD750は、地球を周回する約100の衛星に電力を供給しています。これにはGPSや画像、気象データ、およびさまざまな軍事衛星が含まれます。ラ・ローザ氏は「これまで失敗した例はひとつもない」と明かしています。

パーサヴィアランスのミッションは動画にて:

Video: ギズモード・ジャパン