[観る将が行く]重要な対局初日の夜、棋士はどう過ごしているのか?
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今から25年以上前のこと。当時、高校3年生だった記者はその日、宿泊先のホテルで一人、
志望大学の入試1日目を終えた夜だった。
「いかに翌日に向けて心と体を準備できるか。2日制の試験では初日の夜が重要」。何度言われてきたことだろう。
ただ、いざ本番となると、これがなかなか難しい。特に初日の数学で失敗をやらかしてしまったという後悔に不安と緊張でほとんど一睡もできず、2日目もボロボロ。その結果、涙の不合格という苦い経験が残った。
夕食はみんなで会食、テレビや本で気分転換も
竜王戦七番勝負と、自身の大学受験を比べるとは何事か、とお叱りを受けそうな気がしないでもないが、大学入試で、自分の気の小ささを実感した身からすれば、2日がかりの決戦に臨む対局者が、初日の夜にどう過ごしているかは、かなり気になる。
しかも、対局が始まれば、電子機器類はすべて係員に預けるのが決まり。普段、スマホを四六時中いじっている記者なら、きっと時が過ぎるのを異様に長く感じることだろう。
というわけで、検討室にいる人たちに話を聞いてみることにした。
まずはおしゃべり好きの読売新聞のベテラン記者・T編集委員。
「対局者って1日目の夜は、どんなふうに過ごしているんですか?」
「意外と普通だよ。夕食も基本、みんなで食べることが多いし」
なんと!! Tさんによると、対局1日目の夕食は、対局者に立会人、関係者みんなで会食することもあるという。
しかも、対局者は立会人を挟んで左右に座るのが慣例。まさに呉越同舟だ。もちろん会食中には対局の話は一切、NG。将棋を愛している人たちが集まっているのに、昼間の熱戦を語れないこと自体、ちょっとつらそうだけど……。
「中には眠れない、という人もいるが、羽生さんなんかは自然体だよ。1局目の夕食も普通に笑顔で雑談していた」と、Tさんは振り返った。
では、部屋に戻った後はどうか。1局目の副立会人を務めた野月浩貴八段によると、対局者は自室でテレビを
なるほど。棋界の頂点に君臨する人たちも、気持ちを切り替えるため、いろいろ工夫しているということか。
とてつもなく胆力が問われる七番勝負
「封じ手は、歩を取るか、桂を取るか、あの局面はどっちに行くか悩みました」
豊島竜王が勝利した竜王戦七番勝負第1局。終局後のインタビューで羽生九段は1日目の最後、封じ手の場面をそう振り返った。
対する豊島竜王は2日目の朝、羽生九段の封じ手▲2七同飛に対し、相手陣に攻めかかる△4五桂と迷わず応じた。封じ手には様々な候補手があったはずだが、夜のうちにそれぞれの候補手の先の先まで考え抜いていたのだろう。
悩んで、悩んだ末に決断した夜。
翌朝に相手の決断を迎え撃つ夜。
それぞれどんなふうに過ごしたかは、本人に直接聞かないとわからない。ただ、2人の様子からすれば、やはり1日目の夜は、とてつもなく濃密な時間であったに違いない。
竜王戦七番勝負は全体で見ても、2か月ちょっとで最大7局を戦うハードスケジュールだ。両棋士にはここでも、短時間での心の切り替えと周到な準備が求められる。
竜王戦七番勝負史上最短の52手での決着となった衝撃の第1局から10日余り。この間、豊島竜王と羽生九段はどのような時を過ごしたのだろう。
少しだけ2人の気持ちを想像して思う。
竜王戦七番勝負はやはり、とてつもなく胆力が問われる人間ドラマだ。
あす22日、その第2章が名古屋市の「万松寺」で幕を開ける。(藤)
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