最新記事

感染症

医療崩壊のイタリア 集計されない新型コロナウイルス「在宅死」公式死者数の2倍か

2020年4月9日(木)13時13分

イタリア北部のベルガモでは、新型コロナウイルスに感染して発症しても診療を受けられないまま自宅で亡くなる患者は多数に上り、電話相談は必ずしも十分に機能していない。写真は新型コロナによる死者が収められた棺。軍のトラックで運び出される前に、神父が祈りを捧げた。3月28日、ベルガモ県セリアテで撮影(2020年 ロイター/Flavio Lo Scalzo)

イタリア北部のベルガモ近くに住むシルビア・ベルトゥレッティさん(48)は3月、11日間も必死に電話をかけ続けた。78歳の父親アレッサンドロさんに医者を呼ぶためだった。父親は熱が下がらず、苦しそうに呼吸をしていた。

3月18日夕方、その日の当直医がやってきた。だが、すでに手遅れだった。19日午前1時10分、父親の死亡が確認された。1時間前に呼んでいた救急車が到着する10分前だった。アレッサンドロさんは、電話相談で指示されていた軽い鎮痛剤と一般的な抗生物質を飲んでいただけだった。

「父は助けもなく亡くなった」と、シルビアさんは訴える。「見捨てられたようなものだ。誰であろうとこんな最期であっていいはずはない」

ベルガモが位置するロンバルディア州の住人や医療関係者に話を聞くと、ベルトゥレッティさんのようなケースは珍しいことではないことが分かる。発症しても診療を受けられないまま自宅で亡くなる患者は多数に上り、電話相談は必ずしも十分に機能していない。

死亡記録を調べた最新の研究によると、ベルガモ県の公式死者数は2060人だが、これは病院内だけを集計したもので、実際には倍以上の可能性があるとみられている。

新型コロナとの闘いは、世界的には病院への人工呼吸器の供給をいかに増やすかが問題になっている。だが、医師の間からは、最初の防御線とも言うべき、かかりつけ医によるプライマリーケア(総合診療)が十分になされないことが同じぐらい問題だとの指摘が出ている。「遠隔診療」への切り替えは世界的な流れでもあるが、そのために医師が往診できない、あるいはしようとしないことが、コロナ問題を深刻にしているという。

同僚の医師が感染したため、今はベルガモに近い2つの町で働くリカルド・ムンダさんは「今回の状況をもたらしたのは、多くの家庭医が何週間も患者を往診しなかったためだ」と話す。「でも、彼らを責めることはできない。彼らがいかにして自分たちの身を守っているかということでもあるのだから」と話す。

ムンダさんによると、在宅の患者がすぐに必要な治療を受ければ、多くの死は避けられるかもしれない。しかし、医師は既に手いっぱいの状態。マスクも防護服も足りないことで、絶対に必要と判断されなければ往診には消極的になるという。「往診がなければ薬を変えたり治療を調整したりする医師もいないわけで、そうなれば患者は亡くなる」という現実がある。

一部の家庭医からは、自分たちはマスクなしに往診せざるを得ず、自分たちの安全が確保されないと感じるとの声が上がっている。

州医療当局の広報担当者によると、ロンバルディア地域の当局は、家庭医に対し「感染や防護品の消耗を抑制するため」、できるだけ電話で対応し往診は控えるよう伝えている。ロンバルディアは、医療サービスが世界でも最も効率化している評価されてきた。

同担当者によると、体調が悪化するか、隔離措置の対象になった医師はベルガモで142人に上る。

イタリア国内で感染した医療従事者は1万1000人以上。亡くなったのは80人で、その多くは家庭医だ。

当局は今ようやく、プライマリーケアでの医師の安全確保に動きつつある。世界保健機関(WHO)が各国政府に対し、集中治療室(ICU)の能力拡大に次ぐ優先課題として取り組むよう勧告したこともあり、態勢を強化しようとしている。

ベルガモ県では3月19日、往診に向けて装備を調えた6つの医師チームが立ち上げられた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米金利先物、9月利下げ確率60%に小幅上昇 PCE

ビジネス

ドル34年ぶり157円台へ上昇、日銀の現状維持や米

ワールド

米中外相会談、ロシア支援に米懸念表明 マイナス要因

ビジネス

米PCE価格指数、3月前月比+0.3%・前年比+2
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 6

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 7

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「性的」批判を一蹴 ローリング・ストーンズMVで妖…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中