【聖徳太子没後1400年 第4部④】没後百年で偉人に 法隆寺再建、国難を克服する一大事業

拝観を終えた男性が南大門で振り返り、今一度拝礼する。その先にあるのは世界遺産、法隆寺(奈良県斑鳩町)の金堂と五重塔(いずれも国宝)だ。

2021/10/28 17:00:00

没後百年で偉人に 法隆寺再建、国難を克服する一大事業 調査によると若草伽藍は塔と金堂が南北に並ぶスタイルだったが、現法隆寺は東西に金堂、五重塔が建つ。このことからも、寺の性格が変わっただろうことがうかがえるー。

拝観を終えた男性が南大門で振り返り、今一度拝礼する。その先にあるのは世界遺産、法隆寺(奈良県斑鳩町)の金堂と五重塔(いずれも国宝)だ。

調査によると若草伽藍は塔と金堂が南北に並ぶスタイルだったが、現法隆寺は東西に金堂、五重塔が建つ。このことからも、寺の性格が変わっただろうことがうかがえる。巨大資本と情熱を注ぐ古谷正覚(ふるやしょうかく)住職は「初代法隆寺は太子の父、31代用明天皇のためだが、再建された法隆寺は太子追善のためだった」と語る。

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怨霊は祀ると神(御霊)になる宗教観は歴史をややこしくするよね💦 偉人として祀るのが御霊になる。 蘇我氏は滅んで藤原氏の時代へ。

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