「春を背負って」「越境捜査」…作家の笹本稜平さん死去、70歳 : エンタメ・文化 : ニュース

2022/01/13 23:15:00

「春を背負って」「越境捜査」…作家の笹本稜平さん死去、70歳 #カルチャー

カルチャー, 太平洋

「春を背負って」「越境捜査」…作家の 笹本稜平 さん死去、70歳 カルチャー

映画化された「春を背負って」などで知られる作家の 笹本稜平 (ささもと・りょうへい、本名非公表)さんが昨年11月22日、急性心筋梗塞(こうそく)で死去した。70歳だった。告別式は済ませた。 フリーライターを経て2000年、

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映画化された「春を背負って」などで知られる作家の笹本稜平(ささもと・りょうへい、本名非公表)さんが昨年11月22日、急性心筋梗塞(こうそく)で死去した。70歳だった。告別式は済ませた。 フリーライターを経て2000年、阿由葉稜の筆名でデビュー。01年、「時の渚」でサントリーミステリー大賞と読者賞をダブル受賞。04年、「太平洋の薔薇(ばら)」で大藪春彦賞。テレビドラマとなった「越境捜査」「駐在刑事」などの警察小説や「天空への回廊」などの本格的な山岳冒険小説を数多く手がけ、山小屋を舞台とした「春を背負って」は14年に映画化された。 .れており、すでに初日の10日から12日までの公演を中止していた。.感謝のメッセージを発表した。 村上春樹さんの短編小説が原作で、妻を失い、喪失感を抱える舞台演出家の悲しみと再生が描かれる。昨年のカンヌ国際映画祭では脚本賞を受賞した。 広島フィルム・コミッション(FC)がロケに全面協力し、全体の3分の2が県内で撮影されている。 呉市によると、同市では、江戸時代の町並みが残る御手洗地区や、瀬戸内海に浮かぶ下蒲刈島と本土を結ぶ安芸灘大橋などがロケ地となった。 新原市長は「呉市や瀬戸内の島々に来ていただき、映画の雰囲気をぜひ味わってほしい」としている。.の寄付を募っていた。目標額を上回る寄付に、市の担当者は文豪の知名度に感謝している。(木村透) 明治後期から大正期にかけて、手賀沼湖畔には景観に魅せられた多くの文化人が居を構えた。志賀は1915年から23年まで7年半住んだ。武者小路実篤や柳宗悦ら白樺派の仲間や、英国人の陶芸家バーナード・リーチも一時暮らした。 書斎は、高台にある志賀邸跡の一角に、志賀が自ら設計し、1921年に建てられた。間取りは6畳1間で、広さは約14・46平方メートル。志賀は高級な建材を使わず、虫食い跡などを生かした簡素な作りを目指したという。 志賀は、この書斎で「暗夜行路」などの名作を執筆した。書斎は、2011年に同市の指定文化財となった。 我孫子市は、志賀の没後50年に当たった2021年11月から修復工事を始め、同月末に終えた。一般公開は、以前は土、日のみだったが、現在は平日の午前10時から午後2時も公開している。 同市は修復費用に充てるため、クラウドファンディングで寄付を募ったところ、目標額の約75万円を大きく上回る約122万円が183人から集まった。余った分でさらに雨どいを補修するという。 県内の他の自治体も様々な目的でクラウドファンディングを実施しているが、目標額の達成は容易でない。我孫子市の担当者は「全国から問い合わせをいただいた。文豪のネームバリューはすごい」と話している。.