「地獄のような体験が昨日のように脳裏に」と遺族会長 戦後が終わらない沖縄 慰霊の日に平和世を願う | 沖縄タイムス+プラス ニュース | 沖縄タイムス+プラス

2022/06/24 3:05:00

[戦後77年] 沖縄は23日、沖縄戦の組織的な戦闘が終わってから77年の「慰霊の日」を迎えた。「鉄の暴風」といわれる苛烈な地上戦で亡くなったのは、一般住民をはじめ20万人余り。

「地獄のような体験が昨日のように脳裏に」と遺族会長 戦後が終わらない沖縄 慰霊の日に平和世を願う 2022年6月24日朝刊総合1面 慰霊の日 沖縄戦 okinawa 沖縄

[戦後77年] 沖縄は23日、沖縄戦の組織的な戦闘が終わってから77年の「慰霊の日」を迎えた。「鉄の暴風」といわれる苛烈な地上戦で亡くなったのは、一般住民をはじめ20万人余り。

拡大する 魂魄の塔を訪れ、手を合わせる3世代13人の家族=23日午前8時17分、糸満市米須(田嶋正雄撮影) 沖縄は23日、沖縄戦の組織的な戦闘が終わってから77年の「慰霊の日」を迎えた。「鉄の暴風」といわれる苛烈な地上戦で亡くなったのは、一般住民をはじめ20万人余り。最後の激戦地となった糸満市摩文仁では沖縄全戦没者追悼式(主催・県、県議会)が執り行われ、参列者は犠牲者の冥福を願い、平和の誓いを新たにした。新型コロナウイルス対策のため3年連続で式典の規模は縮小されたが、会場の外には多くの一般県民の姿も。真夏の日差しの下、周囲は鎮魂の祈りに包まれた。(社会部・鈴木実) 戦没者が刻銘された「平和の礎」では、例年よりは少ないものの、戦争体験者や遺族、若い世代が早朝から足を運んだ。親やきょうだいの生前の姿をしのんで石版を指でなぞったり、空腹や喉の渇きを癒やしてもらおうと食事や水を供えたり。ロシアによるウクライナ侵攻と沖縄戦を重ね合わせ、命の大切さを訴える人も多かった。 式典の参列者は約340人。正午の時報に合わせ、1分間黙とうした。.糸満市摩文仁の県平和祈念公園では午前11時50分から、県などが沖縄全戦没者追悼式を開く。参列予定者は知事や県議会議長ら約340人。岸田文雄首相や衆参両院議長も出席する。首相の出席は2019年以来、3年ぶり。感染防止対策で3年連続の規模縮小となるが、昨年の参列者36人と比べると拡大する。 式典への参列は関係者に限られ、シャトルバスの運行や式典後の焼香台設置はない。ただ、公園内の入場制限はなく、犠牲者の名前が刻まれた「平和の礎」などは例年通り参拝できる。平和の礎には今年、新たに県出身27人、県外出身28人の計55人が追加刻銘され、総数は24万1686人になった。(社会部・鈴木実).戦没者の名が刻まれた「平和の礎(いしじ)」では、石版を指でなぞるお年寄りや、世代を超えて花を手向ける家族連れの姿が見られた。ロシアによるウクライナ侵攻と沖縄戦を重ね合わせ、胸を痛める県民もいた。 公園内では、午前11時50分から沖縄全戦没者追悼式(主催・県、県議会)が開かれる。感染防止対策のため3年連続で規模が縮小され、参列予定者は340人。岸田文雄首相や衆参両院議長も招待した。 式典では玉城デニー知事が平和宣言するほか、沖縄市立山内小学校2年の徳元穂菜(ほのな)さんが「平和の詩」を朗読する。式典参加は関係者のみで、式典後の焼香台は設けない。 平和の礎には新たに県出身27人、県外出身28人の計55人が追加刻銘された。総数は24万1686人。.拡大する (下)玉木さんからの手紙を前に「受け継いだ記憶と思いを伝えたい」と話す金城陽詩さん=21日、沖縄タイムス社(画像の一部を加工しています) 沖縄戦の語り部として、平和の大切さを訴え続ける玉木利枝子さん(88)は2年前、平和への思いをつづった中学生の新聞投稿に感動し、手紙と体験記を送った。中学生は今、開邦高校2年生になった。金城陽詩(ひなた)さん(17)。玉木さんとのやりとりをつづった作文が今年の「児童・生徒の平和メッセージ」の作文部門高校生の部で最優秀賞を受賞した。慰霊の日の23日、メッセージを展示する糸満市の平和祈念資料館で読み上げる。「受け継いだ記憶と思いを伝えていきたい」。託されたバトンをつないでいく。(社会部・當銘悠) 交流のきっかけは金城さんに届いた一通の封筒。玉木さんの体験記が入っていた。破壊されるまち。次々と犠牲になる家族。道に折り重なる遺体-。戦場の様子が克明に記されていた。 「たった10歳で体験したことなんだ」。読むのがつらい。危機感も抱いた。「私たちが記憶を受け継がなければ、薄れていってしまう」 幼少期から曽祖母の戦争体験を聞いていたが、詳細を教えてもらう前に亡くなってしまった。「沖縄戦を詳しく知らない自分に何ができるのか」。そんな戸惑いを抱えていた。 玉木さんからの手紙にはこう書かれていた。「私たち実体験者にはもう時間がありません。でも、貴方(あなた)がいる。受け継ぐ使命感にあふれる貴方がいる。ありがとう」。思いを託されたようで、背中を押された。 何度か文通を続けてきた。「伝えようという思いがうれしい」という玉木さんの言葉に「学び、感じてきたことをちょっとでもいいから自分の言葉で伝えられたら」と思っている。 将来は外交関係の仕事や国連で働くのが夢だ。「平和への思いを胸に、世界中で困っている人を支援したい」。来月からは米国留学を予定する。現地の人たちと歴史や思いを共有することで、視野を広げたいと目標を語った。 10年以上、ガイドとして活動してきた玉木さん。子どもたちに自分の体験を伝える時は、当時の状況を想像してほしいから語りかけている。「あなたたちは砲弾が飛び交う中にいたくないでしょ」「自分たちが置かれる社会をしっかり構築していってほしい」。次世代へ、思いを託している。.

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戦後は終わってはダメです。終わったらこの星自体が(生物多様性としては)終わり。

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自衛隊の集団参拝、実施されず 日本軍の司令官らをまつる「黎明之塔」 18年連続で未明に訪問 | 沖縄タイムス+プラス ニュース | 沖縄タイムス+プラス慰霊の日の6月23日、沖縄の陸上自衛隊が毎年実施してきた黎明之塔への集団参拝は今年、恒例の未明の時間帯には確認されなかった。実施されないのは19年ぶり。 黎明之塔は沖縄戦最後の激戦地となった糸満市摩文仁にあり、日本軍の牛島満司令官らをまつる。

「周りがうらやましかった」 小学校に行きたいと言えず悔し涙 ウクライナでも自分のような孤児が生まれているのか【記憶を重ねて】 | 沖縄タイムス+プラス ニュース | 沖縄タイムス+プラス【記憶を重ねて 沖縄戦とウクライナ侵攻】 花城清裕さん(84)上間幸仁さん(88) 花城清裕さん(84)=那覇市=は首里第一国民学校の1年生だった1944年8月、家族5人を首里に残して1人疎開船に乗った。沖縄戦に巻き込まれた家族は、全員が亡くなった。 戦後は、親戚の家を転々として養育された。

【ライブ配信】慰霊の日 沖縄全戦没者追悼式【6月23日午前11時50分】 | 沖縄タイムス+プラス ニュース | 沖縄タイムス+プラス慰霊の日である6月23日(木)午前11時50分から、沖縄全戦没者追悼式が糸満市摩文仁の平和祈念公園で開催されます。沖縄タイムスは式典の模様をライブ配信します。